蒼光輪舞



序章

「英二、今日、暇かな?」
「へ?」
「久しぶりに、カラオケ行こうって話になってるんだけど……」
「ああ、ごめん。俺、早く家に帰っとかないとダメだから」
「……何で?」
「……何でって……夕飯作んないと。それに、買い物したいし……」
「所帯染みてるね」
「しょうがないじゃん。俺、主夫だもん」

 英二は笑ってそう言った。






 この春休み前に、英二の母が再婚した。
 再婚した両親は、二人揃ってアメリカに行ってしまい、残された英二と、相手の息子――越前リョーマは二人で暮らすことになったのである。



 人が持たない能力持っていると言うリョーマは、人間不信であまり他人と拘わりあうことをしない。
 だけど、自分はそのリョーマの隣にいることを認めて貰えたと思っている。
 新学期が始まって、既に二週間ほど過ぎた今現在も……多分リョーマは人付き合いをしていないのだろう。



 だから、英二が家に帰れば、リョーマは自分の部屋で寝ていることが多い。




 一度だけ、「友達を作れば?」と言ったことがあった。
 そうすれば、放課後の時間を寝て過ごすこともないだろう。

 もっと、高校生として楽しい時間を過ごせるかも知れないのに。





 だが、それはリョーマの機嫌を悪くさせただけだった。
 踏み込んではいけない領域に、踏み込んでしまったことに気付いた英二は、それ以来、そのことについては何も言っていない。



 勿論。
 友達を作って、もっと楽しく過ごして欲しいのは本音だけど。





【信じて裏切られるのはイヤだ】





 初めて会った日に彼が言った言葉。
 それは、信じて裏切られたことがあると言うことだ。
 それも、一度や二度ではないのだろう。


 自分の【能力】を見せたせいで、知ったせいで、人に裏切られ続けたリョーマは、他人に拘わることを避け続けている。
 それが、逃げだと判っていても、英二には「逃げるな」とは言えなかった。
 リョーマの傷はリョーマにしか判らない。
 その痛みも、痛みの度合いも……。



「そうは言っても、義弟くんだって、子供じゃないんだし……しかも血の繋がらない義兄なんて、鬱陶しいだけじゃないの?」
「……そんなことないよ。二人で結構楽しいし。前は、俺も家に帰っても一人だったから、外で遊んでから帰ってたけど……」
「ふーん。じゃあ、君は義弟くんが居れば、友達は要らないんだ?」
「そんなこと言ってないだろ? ただ、ずっと一人だったリョーマと一緒に居てあげたいだけだよ。それがそんなに悪いことなの?」
「……悪くはないよ」
「じゃあ、口出さないでよ。大体、不二には関係ないじゃん!」

 そう言って、英二は鞄を手に立ち上がった。




「ごめん、英二!」
「……本当は……ずっと一人だった俺と一緒にいてくれるから……俺の方が一緒に居て欲しいんだ」

 小さく呟くように言って、英二は教室を後にした。








「僕じゃダメだったのか? 英二……」

 ずっと。
 ずっと。

 君と一緒に、君が寂しくないように……傍にいたのに……。



 不二は、思い切るように首を振って、待たせてあった友人の方に向かって歩き出した。