1. 再会 〜遊裏と英二〜 「か、克也?!」 人込みに押されて、遊裏は後ろ向けに転びそうになった。 だが、誰も倒れかけている遊裏を見ていないのか、気にも止めずに、一方向に向かって流れて行く。 「うわっ!」 思い切り肩がぶつかって、ただでさえ、バランスの悪かった遊裏はよろめいた。 今ここで、倒れ込んだら、きっとこの集団に踏みつけにされてしまうだろうと、何とか体勢を立て直そうとする。 「大丈夫?」 どこかで聞いた声だった。 差し伸べられた手が、自分の腕を掬い上げて、強引に引っ張った。 「ちょっとごめん」 そう言って、声の主はいきなり、自分を横抱きに抱えて、大声で怒鳴ったのである。 「急病人なんです!! 道を開けて下さい!!」 直ぐ近くの人は、慌てたように道を逸れようとするが、全然聞いていない人間もいて、ぶつかったりして、余計に混乱しそうになる。 「うわあああああっ!!!!」 不意に意味不明の喚き声を上げて、遊裏は思わず耳を塞いだ。 その声に、ビックリしたのか、集団の動きが一瞬止まる。 「道、開けてくれる?」 さっき喚いたのが嘘のように、ニッコリ笑って、彼はそう言った。 (あ……コイツ……) 遊裏は、記憶の片隅に引っ掛かっていた、この人物のことを思い出して、目を大きく見開いた。 彼の笑顔に魅せられたのか、人一人が通れるくらいの道が出来、何とか人込みを抜け出ることが出来た。 だが、随分流されたらしく、待ち合わせの時計塔は、ここらでは先端しか見えない。 「あれ?」 向こうも気付いたらしく、遊裏を見て目を丸くする。 「どっかで見たことあると思った。風邪引いたりしなかった?」 ニッコリ笑いながら、遊裏の身体を下ろし、彼が言う。 「……ああ。平気……あの……」 「ん?」 「ありがとう。また、助けて貰った……」 「べっつに〜気にしなくても良いよん♪」 「でも、一体、何の騒ぎで……」 「ああ、あれだよ」 彼が指差す先に、大型の車が数台停まっていた。 「何?」 「テレビ局……なんか、この先でロケしてるみたい……。多分、役者が到着したんじゃないかな?」 「……へえ」 テレビ局と言うものに余り良い印象を持っていない遊裏は、眉を顰めて呟くように返事をした。 「何? 芸能人とか嫌い?」 「え?」 不意に問われたことに、遊裏はキョトンとして相手を見返った。 「何で?」 「ここ。皺寄った」 笑いながら眉間の辺りを指でつつき、首を傾げて来る。 「……そう、なのか?」 もちろん、自覚していない遊裏に、そんなことは判らず、ましてや、鏡がない現在、確かめることも叶わず、自分の眉間を触って見ることしか出来ない。 「余り、表情変わんない方でしょ?」 「……? まあ、そうだな」 「……よく知ってる子がそうだから。少しの変化で判ったりするんだよね」 そう言って、彼はまた笑った。 「あああああ!! しまった! 待ち合わせ!!!」 不意に彼はそう叫び、腕の時計に視線を走らせた。 「あ……」 そこでやっと遊裏は、さっきの少年がコイツと一緒にいた少年だと思い出す。 「もしかして……この前一緒にいた奴と待ち合わせ?」 「え? そうだけど? 何で知ってるの?」 「時計塔の下……とか?」 「そうそう! もしかして、おチビいた?」 「オレが、あの人込みに巻き込まれる前なら……」 「まさか、あそこから流されて来たの?」 恐る恐ると言った風に、彼が問うから、遊裏はなんだか恥ずかしくなって、顔を伏せた。 「軽かったもんねえ。あ、オレね、菊丸英二。中学3年♪ 君は?」 「……武藤遊裏……高校3年だ」 「ええええええええーーーーーー?!」 先ほどの騒ぎを一瞬静めたほどの、声量である。 はっきり言って煩い。 遊裏は、少しだけ溜息をつきながら、両手は耳を塞いで、英二を見上げて問い掛けた。 「その様子じゃ、オレのこと年下と思ってたようだな?」 「……あ、いや、その同い年かなと……」 「ふーん。まあ、別にいいけど……。相棒は小学生に間違われるし、オレもよく中学生に間違われるから……」 途方に暮れたように、オロオロする英二に、遊裏は首を傾げた。 「別に、オレが年上だからって、何か気になるのか?」 「……え? あいや、そんなことは……ないんだけど……」 「?」 英二は、多少の混乱を感じながら目の前の少年を見つめた。 華奢な身体付きに、小柄な身長。 確かに、醸し出す雰囲気は、どこか威厳さえも感じるほどに、偉そうだが……それは、彼の恋人も似たようなものである。 「なんか……詐欺みたい……」 「は?」 「二つも上になんて見えないでしょ〜?」 「…………決め付けられても困るけどな」 遊裏は苦笑を浮かべて、そう言い、やっと緩和したらしい、人込みを(それでも結構いる)時計塔に向かって歩き出した。 「細すぎだってば。ちゃんと、ご飯食べてんの?」 「……もちろん……」 英二が遊裏の後を歩きながら、 「身長、何センチか聞いたら失礼かな?」 「160……あるんだがな」 「そうなの? もっと低く見えた……ああ、ごめんごめん」 「別に……気にしてない」 そうして、たどり着いた時計塔の下には、目当ての人物は二人とも居なかった。 2. ファンタ 〜克也とリョーマ〜 「遊裏!!」 人込みに押されて、見えなくなった遊裏を呼んで、克也はその流れに逆らわずに前に出ようとした。 だが……。 「うわっ」 隣の少年が、声を上げて前のめりに転びそうになった。 「あぶねえ!」 こんな所で倒れたら、後ろから来た人間に踏まれてしまうだろう。 克也は、少年の身体を支えるように抱きかかえて、遊裏が消えた方角を悔しそうに見やる。 「行けば?」 「は?」 「気になるんでしょ? オレなら平気だし」 「……こんな殺人的な人込みの中に、子供の残して来たって言ったら……オレが遊裏に怒られるし……。それに……」 「? 何?」 「自分で気に入らないんだよ。ガキ、ホッポリ出して、自分のことばっか考えるような……んな……大人はよ!」 「子供とか、ガキとか……そんな子供じゃないよ、オレ……」 「いーや! オレに取っては、おめえは十分ガキだよ。遊裏にとってもな。だから、尚更……このまま、おめえ見捨てて動く訳にはいかねえんだ」 「……変なの……。あの人も、この人込みにもまれて、大変だよ? 心配じゃないの?」 「心配だけど! だけど……アイツなら、きっと大丈夫だから……」 まるで、自分に言い聞かせるように、克也はそう呟き、少年の身体を不意に抱き上げた。 「うわ! 何すんだよ?」 「……避けた方が良いだろう? そこの花壇に上がれ」 先に少年を、花壇の植え込みの中に抱き上げて、続けて自分も上がる。 通常、立ち入り禁止とされる場所だが、この場合は、緊急避難用に使わせてもらっても良い筈だ。 「ねえ、肩車出来る?」 「は?」 「肩車して。オレ視力良いから、結構先まで見えるし。もしかしたら、あんたの連れ見えるかも……」 ここから、人込みが流れてる方角は、緩やかな勾配になっていて、確かに肩車をすれば、もう少し先まで見えるかもしれない。 だけど、いくら視力が良くても、人込みに埋もれた遊裏を捜すのは、不可能だ。 「気持ちはありがてーけどよ。でも……」 「良いから、少し屈んでよ」 そう言うなり、克也の腕を引いて、真っ直ぐに自分を見つめて来た。 「……名前は?」 「……越前リョーマ」 「判った。んじゃ、頼むぜ、越前」 リョーマを肩車して立ち上がる。 そうして、リョーマが一心に前方を見つめるのを克也は苦笑しながら、支えていた。 「あ……」 「え? マジ、居たのか?」 「…………………」 不意に不機嫌そうな表情になって、リョーマは下に下りると意思表示をした。 「どした?」 「……エージといた」 「は?」 「あんたの連れ……ユーリ、エージと居た」 「そうなのか?」 だが、一緒にいたと言うだけ、こんなに不機嫌になるものなのか? 「ユーリって……あんたの何?」 「は?」 「恋人?」 「……まあな……」 ……普通は【恋人】ではなく、【友達】という言葉が出て来ると思われるが、何故かリョーマはいきなり【恋人】と決め付けて来て……。 「ああ、んじゃ。エージって奴はお前の、恋人な訳だ?」 克也の言葉に、瞬時に赤くなるリョーマに、克也は笑ってしまった。 「んじゃ、まあ気になるかもしんねえけど。別に一緒に居たからって、どうなるって訳じゃねえだろう?」 「……でも……」 「何だ?」 「……エージ、ユーリを抱き上げてた」 「はあ?」 ムッとした表情で、リョーマはそう言い、遊裏たちが居た方向を、じっと見つめる。 「ねえ……」 「何だよ?」 「喉渇いた」 「は?」 「ファンタ飲みたい」 「……ファンタって自販機、駅の方に行かねえとないぞ?」 「じゃあ、買いに行く」 また、人込みが続く中に入ろうとするリョーマの襟首を、慌てて抑えて、克也は口を開いた。 「待て待て。その、エージって奴が遊裏を抱き上げてたってどう言うことだよ? んで、それにムカついて、こっから離れるってのか?」 「別に、あんたに来てくれなんて言ってない」 むすっとした表情をしているが、その目がかすかに潤んでいることに、気付いて、克也は頭を掻いた。 やっぱり子供だなと、克也は苦笑を浮かべて嘆息する。 かく言う、自分だってどう言う状況でそうなったのか、遊裏に問い質したい気持ちはあるが、腹が立ったり、ムカついたりはしていない。 状況が状況だし、理由はあるはずだから。 (もしかして、怪我とかしてんじゃねえよな……) 一番、考えられる理由に気付いて、克也は少しだけ気になって、リョーマの見ていた方角に目を遣った。 「あんたも、気になるの?」 「……は?」 「恋人が他の男に抱かれてたら、嫌だよね?」 (……その言い回しはやめろ……) さすがに克也もこめかみを引きつらせて、心の中で突っ込んでいた。 「まあ、人波も減って来たし、ジュース買いに行くくらい別に良いけど……」 「何?」 「拗ねて、このまま家に帰るってのは、やめろよ」 「……」 「理由くらい、訊いてやれ」 その言葉に、リョーマはハッとしたように目を見開いた。 【言い訳ぐらいさせてよ】 それは、リョーマが英二にいつも言っていた言葉。 「判った。ファンタ買ったら、直ぐに戻って来る」 「んじゃ、一緒に行ってやるよ。人波減ったっても、まだ、危なっかしいしな」 花壇から、降りてリョーマに手を差し出し、克也は笑いながら言った。 「アリガト。じょうの……ち?」 「城之内」 「……じょうの?」 「…………」 「言い難い。カツヤで良い?」 「……構わねえけど。お前、日本人だよな?」 「……去年までアメリカに居たけど……ちょっと言い難い感じ……」 ボソッと呟くリョーマに、克也は笑みを浮かべてその頭を撫でた。 「そう言うこと。んじゃ、買いに行こうぜ、越前」 「うん」 そうして、二人は少しだけのつもりで、その場を離れたのである。 その直ぐ後に、遊裏と英二が来ることも知らないで―― 3. すれ違い 〜英二と遊裏〜 「……………誰もいないね」 「そうだな」 茫然とした様子で、英二が呟くように言った。 だが、遊裏の方は、はたから見ると、平然とした様子で、英二は首を傾げて問い掛けた。 「……居なくて心配じゃないの?」 「……克也が、オレを残してどっかに行く訳がないからな」 キッパリとした口調で言い放ち、遊裏は花壇のレンガに腰掛けた。 「その内、戻って来るさ。下手に動くと、本気ですれ違うと思う」 「……ねえ、えと……武藤さん」 「……遊裏で良いが?」 「んじゃ、遊裏さん……なんか柄じゃないな。んんー……」 「菊丸?」 考え込む英二に、先ほど聞いた英二の名前を呼んで見る。 「あ、名前呼んでくれた! えとね。んじゃ、オレはユーリちゃんって呼ぶね♪」 もちろん、遊裏はそのまんま後ろ向けに倒れそうになっていた。 「――ちゃんも要らない。遊裏で良い」 「ええー年上呼び捨てはヤバイでしょ? だから、遊裏ちゃん♪ もう決定〜替えないからねん♪」 能天気な口調で、しかも、どこか自分の大事な人に似ている声で、そう呼ばれるのは。 はっきり言って恥ずかしい!!! 「何で、呼び捨てがヤバイんだ? オレは散々、自分より年下に呼び捨てにされてたが?」 「……ええー、それって礼儀がなってないだけじゃない? オレ、こう見えても運動部なんだよね。だからかな〜年上の人って呼び捨てに出来ない」 「……そんなものなのか? でも……ちゃん付けも相当失礼だと思うがな?」 「そう? でも、オレはそう呼ぶって決めたからね」 決め付けてニッコリ笑う英二に、遊裏は苦笑を浮かべて、頷いてしまった。 「はいはい。好きにしてくれ」 「うん♪ 好きにするねん♪」 ここに来てから、10分ほど経って。 「遅いね」 「……菊丸は、携帯電話とか持ってないのか?」 「持ってるけど。きっと多分、おチビが持ってない」 「オレも忘れて来たしな。克也も持ってないし。参ったな」 さすがに遊裏も戻って来ない克也に、不安を憶えたらしく、呟くように言った。 すると。 「あれ? 英二じゃない?」 「不二? 大石まで」 英二が、驚いたように声を上げる。 「……変だな〜君が越前くんと出掛けるって訊いたから、会えるかなと思って来てみたんだけど?」 「何で知ってるんだよ? 不二……」 思わず脱力するように、英二が呟いた。 「それで? 越前くんはどうしたの?」 不二の言葉に、英二はハッとしたように、口を開いた。 「……うん。ここで待ち合わせしてたんだけどね……」 「来てないの?」 「うんにゃ……来てたみたいなんだけど、ちょっと時間に遅れちゃってさ」 「ああ、じゃあ、もう帰ったんだ」 「ちっがーーう!!!」 不二の言葉を即座に否定し、英二は軽く不二を睨みつける。 「だって、さっきまでここに居たはずなんだもん。ねえ、遊裏ちゃん!!」 いきなり話を振られて、遊裏はキョトンとしたまま、頷いた。 「……確かに居たけど……」 言外に。 帰ったかどうかは否定出来ないとの意味合いを込めて、遊裏は言った。 「……どちら様?」 不二が遊裏を見つめながら、英二に問い掛ける。 「あ、うん。さっきこの辺すっごい人込みでさあ。んで、それに巻き込まれてたの助けたんだ。武藤遊裏ちゃん♪ ちなみにオレたちより、3つ上」 にこやかに言う英二と対照的に、不二と、大石が遊裏をその言葉に、目を見開いた。 「3つ……? 3つも年上?」 「驚いたな……越前と変わらない年齢に見えるのに……」 正直に言う二人に、遊裏は軽く笑った。 「だろうな。別に年齢なんかどうでも良いし、気にすることはないぜ?」 その声を聞いて、不二は納得したように頷いた。 「確かに……12、3才の声じゃないね」 「だろ? 初めて会った時も思ったより低い声でビックリしたんだよね〜だから、オレは同い年くらいかなって思ってたんだ〜」 英二はそう言いながら、時計に目を遣った。 「……でも、おチビどこ行ったんだろう?」 「……だから、帰ったんじゃないの?」 「でも、遊裏ちゃんの連れもいないんだよ? 二人して帰るとは思えないけど?」 「……二人が一緒に行動してるとは限らないんじゃない?」 不二の言葉に、遊裏が首を振って反論した。 「あの人込みの中で、克也があの子を放って行く訳がない」 キッパリとした口調で、遊裏はそう言って、少し遠くを見遣る。 「へえ……。でも、知り合ったばかりの子供に、そんなに心を砕くものかな?」 「……知り合ったばかりでも……菊丸は二度も助けてくれたが?」 何となく、ぴりぴりとするその場の空気に、英二は大石を見返った。 「不二はともかく、何で大石まで来る訳? オレとおチビのデート邪魔しに来たの?」 「まさか。不二がそんなつもりだなんて知らなかったさ。チケットが余ってるから、映画に行かないかって誘われただけで」 「……ふーん。まあ、それ信じてやるけど……」 相変わらず。 遊裏と不二に視線を向けると、その場はブリザードの如く冷気が充満している。 夏なのに、何故か寒い。 涼しいのは歓迎したいが、寒いのは、ごめんだと。 英二は不二に向かって言った。 「映画、そろそろ始まるってか、もう始まってんじゃない? 行かないと上映終わっちゃうよ?」 「それもそうだね。ああ、もし越前くんに会ったら、探してたって伝えとくよ」 「……うん。あ、それより、携帯に電話してって伝えて。多分、おチビ携帯持ってないから、携帯ナンバー判らなくて、電話して来れないんだと思うから」 英二の言葉に、不二が頷き、英二は携帯の番号を書いたメモを、渡そうとして。 「あ、やっぱ、大石。お願いね」 「どう言う意味かな? 英二」 「……え? いや、別に……。な、何か不二に渡すと、握り潰されそうな気がしただけ」 「……それこそどう言う意味?」 「まあまあ。じゃあな、英二」 「……明日、覚えてなよ。英二」 最後に脅しとも取れる言葉を残して、不二が去って行き、大石が一度遊裏に向かって頭を下げて、その後に続く。 「ふーん。でも意外だな〜」 「何が?」 「あの二人で映画ってのも……」 「友達なら、映画ぐらい行くだろう?」 遊裏は、何でもないように言って、不意に立ち上がった。 「どしたの? 遊裏ちゃん」 「ちょっと思いついたことがある。電話をして来るから、君はここに居てくれないか?」 「え? 思いついたことって……?」 「克也達の居場所を捜す方法だ」 「マジ? じゃあ、オレも一緒に行く行く! だって、その克也って人と、おチビ一緒に居るんだよね?」 「……でも、もしここに戻って来たら……」 「これだけ待っても戻って来ないんだから、取り敢えず! 出来ることしよ!」 「判った……」 そうして。 遊裏は、自販機のある駅とは、反対にある電話ボックスに向ったのである。 英二と共に……。 4. 喧嘩 〜克也とリョーマ〜 がこん そんな音がして、自販機の取り出し口に、目当てのものが落ちて来て、リョーマはそれを取り出しながら、斜め後ろの植え込みの柵に腰掛けてる克也に視線を向けた。 金色に見える茶色の髪。 襟足と前髪が長くて、目付きが鋭くて。 パッと見……【不良】とかそう言う言葉が浮かぶような……何か、自分とは全然、違う世界の人間に見えていた。 でも、口調は悪いけど……でも、面倒見が良いと言うか……。 そう、優しさと暖かさを感じるのは、気のせいじゃないと思った。 「あの、アリガト」 ファンタを手にして、リョーマが克也に向かって言った。 お釣りの小銭を、受け取りながら、克也は苦笑を浮かべた。 「どう致しまして」 自販機の前に来た時。 克也が先に、コインを投入して、自分の分のコーヒーを買ったのである。 続いて、リョーマもコインを入れようとして気付いた。 それぞれのジュースのボタンに、赤いランプが点灯したままだと言うことに。 この場合、レバーを回さなければ、お釣りが落ちて来ない。 「あの……」 「あ? ああ、そのまま好きなの買えよ」 克也はそう言いながら、コーヒーのプルタブを引き上げていた。 だから、リョーマはそのまま、飲みたいと思ったファンタを買ったのだが。 「知らない人に奢るの?」 「……? 別に良いんじゃねえの? まあ、お近づきのしるしってやつか?」 そう言って、笑う。 「……ふーん」 「……細かいこと気にすることねえんだよ。奢られてラッキーとか思ってりゃ良いんじゃねえ」 「……知らない人に親切にされると、勘ぐりたくならない?」 「……?」 「何か……企まれてるような気がする。エージはそう言うこと気にしないけど」 「ククク……」 リョーマの言葉に、一瞬呆けた克也が、次には笑い出して、リョーマはキョトンとして、相手を見つめた。 「警戒心丸出しの猫だな」 「む……」 「でも、まあ。それくらい、警戒心持ってた方がいいこともあるな。いい人ばっかじゃねえのも確かだし」 「あんたは、いい人なの?」 「さあ? どうだろうな」 「……テニス、したことある?」 「ねえよ。スポーツはバスケくらいだな。本格的にやったことはねえ。カッとなると手が出る方だから、スポーツにはあんま向いてねえのよ。遊びなら別だけどな」 そう言ってから、「テニスしてんのか?」と聞いて来た。 リョーマは頷くだけで答えて、ファンタに口を付ける。 「テニスってーと、どうにも大学生の道楽ってイメージが強ぇな……。まあ、これはオレの先入観だけど」 「そうなの?」 「昔、バイトしてたペンションに、大学のテニスサークルとかが泊まりに来てさ。テニスよりも、みんなで遊ぶことが目的って感じだったな〜。まあ、それはそれで、楽しそうだったから良いんだけど」 そう言いながら、克也はリョーマの全身を見つめて。 「小さいけど鍛えてる感じだよな。相当やってんだ?」 「まあね」 「……もしかして、全国大会とか狙ってたり?」 「……行くよ。全国」 「へえ、すげえじゃん」 心底から克也は、感心したように言った。 そう言うことをバカにしたりする人ではないのだと気付いて、リョーマの中で評価があがる。 「っと……そろそろ戻るか」 「うん」 先に克也が歩き出し、リョーマはまだ残っていたファンタを飲み干すので、少しだけ遅れた。 そうして、慌てたようにゴミ箱に缶を捨てて、克也の後に続こうとして、振り向き様に。 前から歩いて来ていた誰かとぶつかったのである。 「いてえな、何だよ? クソガキ」 その言葉に、リョーマはムッとしたように、見上げて、 「……そっちが、こっち向いてんだから避けるぐらいしたら?」 「何だと?」 「ガキの癖に言うじゃねえか」 5人くらいの高校生の集団に、リョーマは臆することなく、真っ直ぐ目を上げて、相手を睨みつけた。 「生意気なガキだな」 「シメちまった方が良いんじゃねえか?」 「……ガキ相手じゃないと粋がれないんだ?」 何も挑発する言葉を、口にしなくても良いと思うのだが、リョーマは続けて、いつもの口癖を呟いていた。 「まだまだだね」 「このガキが!!」 右腕を振り上げて、リョーマを殴ろうとした瞬間、制止の声が飛んだ。 ハッとしたように、顔上げた高校生は、その相手に向かって疑問を露に名前を呼ぶ。 「蛭谷さん……?」 「……そいつを殴れば、てめえは、アイツに半殺しだぜ」 その言葉に、やっと気付いた殺気めいた視線に、少年は慌てたように振り向いた。 「いや、殴る前に、蹴倒されてるか」 距離的には、結構ある。 だが、いざと言う時の、彼の機転は熟知している。 「じょ、城之内!」 慌てたように、後退さる少年たちに、克也は表情を変えずにゆっくりと近付いた。 リョーマの腕を取って、引き寄せ、相手に鋭い視線を向ける。 「こいつはオレの連れなんでね。何かしたら、てめえらボコボコにしてやるぜ?」 口の端に笑みを浮かべてはいるものの、それは、まるで猛獣が獲物を見つけて舌なめずりをするようなそんな笑みで。 リョーマは意外そうに克也を見上げていた。 「ねえ、知り合いなの?」 リョーマの問いかけに答えたのは、克也ではなく、蛭谷と呼ばれた男の方だった。 「ああ、知り合いだぜ。昔は、一緒に組んで色々、やってた仲さ」 「……」 「そうなの?」 「……まあな。オレは、お前と同じ年頃には、拗ねて甘えて悪さばっかしてた。信じられるものなんか何もなかったし、世の中全てが敵だった」 「あの頃のお前は、切れ味鋭い、ナイフみてえなもんだったけどな。今じゃスッカリ腑抜けちまって……」 「結構だな。どんな悪さしても、自分より弱い奴、甚振るしか能のねー奴には、ついて行けねえんだよ」 「……強い奴が弱い奴を、甚振るのは当然の特権だぜ? 城之内……」 得意そうに喋る蛭谷に向かって、克也は声に出して笑い出した。 「バカじゃねえ? 本当の強さを求めるなら、当然、自分よりも強い奴に向かっていくのが本当だろう? まあ、てめえには一生判んねえだろうけどな!」 克也の言葉に、リョーマは少しだけ目を瞠って、微かに笑って見せた。 「判ってるじゃん、カツヤ」 「……んあ?」 「……弱い相手にしか、粋がれない奴は……結局そこから、上に行くことは出来ないね」 相手を逆撫でするだろう言葉を平然と吐き、リョーマは不敵に笑う。 「上に行こうなんて、向上心もねえんだろう?」 「……判ってるのか? 城之内……」 「あぁ?」 「この状況……貴様が圧倒的に不利だってことにだ」 「んなとこで、騒ぎ起こせば、警官くるぜ? 直ぐそこに、交番あるしな」 「関係ないな」 蛭谷の合図に、他の面々が動いた。 克也は、リョーマを背後に庇ったまま、横から来た少年に向かって足を蹴り上げる。 逆からの拳を寸前で躱して、相手の顔面に拳を叩き込んでいた。 「カツヤ!」 リョーマの声に、克也は斜め後ろに視線を走らせ、身体を廻して足を振り上げた。 遠心力も手伝って、相手の顎に極まって吹っ飛ばしてしまう。 3人をあっと言う間に叩きのめし、克也は息も乱さずに、蛭谷に向かって言った。 「この人数で、オレを倒せると思ってたのか? オレは、弱い奴を甚振る趣味はねえが……向かって来るなら叩きのめすぜ」 「くっ……」 ざわめく通行人の中を、制服姿の男性が二人こちらに向かって走って来るのが見えた。 「けっ! 行くぞ!」 倒れて気絶している仲間さえ見捨てて、蛭谷たちはさっさとその場を離れて行く。 「ちぇ……何だよ?」 「か、カツヤ!」 「へ?」 不意に、警棒を突きつけられて、克也は内心舌打ちを漏らした。 「これは、君の仕業か?」 「……多勢に無勢って奴だけどな」 「とにかく、一緒に来て貰うぞ」 逃げるのは簡単だが……克也にやられた奴らが、残っていることが問題だった。 奴らは、目が覚めたら克也のことを警察に言うだろう。 後から呼び出しを受けて、出向くのでは、加害者はこっちになってしまう。 正当防衛を主張するためにも、逃げる訳には行かなかった。 (ちぇ……アイツら……これを狙ってたのかよ?) あっさり、仲間見捨てて行ったのも、こう言う形で、克也に報復するためだったのか。 やっぱり、相手にせずに、とっとと逃げ出せば良かった。 後悔先に立たずと言うが、まさにその気持ちのまま、警官に促されるまま、足を踏み出した。 「越前……お前、関係ないんだから、エージって奴のとこに行け」 「え? でも……」 「……行って、このこと、遊裏に知らせてくれ」 「でも、ユーリとエージ一緒に居なかったら? それに……関係なくない。オレが……」 「関係ねえんだよ!」 不意に克也が怒鳴った。 「!」 「とっと行きやがれ!! てめえはオレの喧嘩に巻き込まれて逃げ出せなかっただけだろうが!」 克也の言葉に、警官二人は顔を見合わせた。 「だが、彼にも事情を聞きたいんだがな」 「アイツは関係ないって! 喧嘩したのは、オレだし。アイツらぶっ飛ばしたのもオレだし」 だから、オレが行けば問題ないっしょ? と克也は苦笑した。 「行け! ……行っちまえ! チビスケ!!」 リョーマを振り返らず、克也はそう言って、警官と共に行ってしまう。 「……待ってよ。何でそんなカッコつけるの? 先に因縁つけたのは……」 「うるせえんだよ! チビガキ!! てめえはテニスのことだけ考えてろ!」 ハッとした。 暴力沙汰が、大会出場停止に繋がるのは、周知の事実で。 実際に手を出したのは克也だが、そこに居たこと、最初に挑発したことが判れば、事態は複雑になるかもしれない。 「……バカ……あんたは、オレを助けただけじゃないか……」 小さく呟き、リョーマは克也の後を追って、駆け出した。 ☆ ☆ ☆ 「ああ、見つけたぞ。遊裏」 『そうか?』 「……駅前の交番だ。お前の言う、小柄な中学生も一緒だな」 場違いなリムジンの中で、彼はそう言って、携帯電話を切った。 「どうするの? 海馬くん」 「……面倒だな」 「でも、助けてくれるんでしょ?」 ニッコリと。 決め付けるように言って、少年が笑った。 「まったく……オレも甘いな」 「へへ……Vvv 海馬くん、大好きだよ♪」 「……それは、昔あの凡骨にも言った科白だな」 「……中に込められた意味が違うけど?」 「……ふん。まあ、良いだろう」 海馬はそう言って、少年の頬を撫で、ゆっくりと唇を重ねて、暫く堪能した後。 車から下りるために、ドアに手をかけていた。 5. 発信機 〜英二と遊裏〜 「もしもし、相棒か?」 『遊裏くん? どうしたの?』 「そこに海馬がいるだろう? 替わってくれないか?」 海馬に替われと言う遊裏は酷く珍しく、電話に出た遊戯はかなり驚いていた。 だけど、それ以上詮索することもなく、素直に海馬に替わる。 『何の用だ?』 不機嫌も顕わに電話口でそう言う海馬に、遊裏は苦笑を浮かべつつ、用件を口にした。 「克也を捜して欲しい」 『………………断る』 「良いのか?」 『何故だ? ――大体にして、この俺が凡骨を捜す理由などない。一々貴様の言うことを聞く筋合いもな』 「……良いだろう。それじゃ、オレはこれから貴様の会社に寄らせて貰う。あのペンダントヘッドに埋め込まれた発信機を辿ることは、オレにはよく判らないが、まあ、何とかなるだろう。それでコンピューターが壊れてもオレは責任を取るつもりはないからな」 『な、何だと? 貴様……っ!?』 「そうだろう? オレは最初に貴様にきちんと頼んだんだからな。それを拒否したのは、貴様だ。貴様が拒否しなければ、コンピューターも壊れずに済んだのにな」 既に壊したような口調で言う遊裏に、海馬が悔しそうに歯噛みするのが判った。 電話で見えないのは幸いだったかも知れない。 遊裏は、これでもかと言うぐらい、不敵な笑みを浮かべていたのだから。 「菊丸」 「何?」 電話ボックスの外で待っていた英二を呼び、携帯電話のナンバーを聞く。 「他に連絡の取りようがないからな」 「ん。それは良いけど。遊裏ちゃん、何しようとしてるの?」 「克也と越前を捜す……だろ?」 携帯のナンバーを海馬に伝えて、遊裏は受話器を戻した。 そうして、目的を告げると、英二は不思議そうに首を傾げて、遊裏を見つめて来る。 遊裏は苦笑を浮かべて、電話ボックスから出ると、元の待ち合わせ場所に向かって歩き出した。 「ねえ、遊裏ちゃん。どうやって、おチビたち捜すの?」 「……これと同じ物を克也が身につけてるんだ」 そう言って、遊裏は自分が首にかけていたペンダントを英二に見せて行った。 「……お揃いなんだ」 「そう。で、この中には……発信機が埋め込まれててな。海馬コーポレーションを中心に、半径5キロ〜10キロ以内で探索が可能なんだ」 遊裏の言葉に、英二は思いっきり目を見開いて、呆気に取られたような表情をした。 「発信機ーーーー?」 「……元々、海馬が相棒に渡すペンダントに、とにかく所在を明確にしときたいとか言って埋め込んだんだが……。オレも面白そうだったから、同じことをしたんだ。勿論、オレのこれにも海馬のにも入ってる」 「……それって……」 「克也は知らないけどな」 大体何があるか判らないのだ。 何故か判らないが、直ぐに攫われたり、命の危険に晒されたり、仮死状態になったりと、とにかく、何かと問題が多い。 今は、別に古代ファラオ関連で、命を狙われる可能性はないが、どこにどんな危険が待ち構えているか判らない。 特に。 遊戯と克也は、攫われやすいから(笑)どうしても、その身の所在を確認出来るようにしときたかったのだ。 それから、数分後。 英二の携帯が鳴り響いた。 「もしもし」 『遊裏はいるか?』 相手を確認もせずに、そう言って来る。 「遊裏ちゃん」 英二は携帯電話を差し出して、遊裏はそれを受け取った。 「……判ったか?」 『ああ、見つけたぞ。……だがな、遊裏。貴様、少し自分の足で捜すことぐらいしてみるんだな』 「……は?」 『駅前の交番だ。貴様の居る場所から、歩いてほんの5分のところだ!』 そう言って、通話が切れた。 遊裏は頭を掻きながら、携帯を英二に戻しつつ、申し訳なさそうに呟いた。 「交番にいるそうだ」 「え?」 「……事情は判らないが……。まさか、オレ達を捜すため……って訳でもなさそうだな」 「……それって、保護されてるってこと? まさか……何か事件に巻き込まれたとか?」 青ざめる英二に、遊裏は首を振って、 「とにかく行って見よう。駅前の交番って言ってたから、あっちだな」 「う、うん……」 遊裏の言葉に従って、英二も歩き出す。 滅多に行くことなどないはずの、交番に向かって……。 「もしかしたら、克也のせいかも知れない」 「え?」 「克也が喧嘩したのかも。たまに……そう言うことがあるから……。だったら、越前は巻き込まれただけだな。申し訳ない」 「……そんなの。まだ、判んないでしょ? それに、おチビも喧嘩っ早いから……キッカケはおチビかもしれないし……」 あながち外れても居ないことを口にしながら。 二人は歩調を早めていた。 6. 合流 〜全員集合〜 「だから、そいつらが、ぶつかったとか何とかって、インネンつけて来たんだよ」 克也の言葉に、目の前の警官が渋面になる。 「そんなこと言って、本当はお前が挑発したんじゃないのか?」 「何で? んなことして、オレに何の得がある訳?」 「理由もなく、あちこちで喧嘩してただろうが?」 「んなの、3年以上前の話だろうが!」 「ここのとこ大人しかったらしいからな。ストレスが溜まって、発散させようと喧嘩吹っかけたんじゃないのか?」 「だから! 何で、オレがわざわざ多人数相手に一人で喧嘩吹っかけるんだよ? 目茶苦茶不利じゃねえか!!」 こんな押し問答が既に10分ほど続いている。 ほとほと、嫌気がさすが自分の過去の行いのせいだと思うと、ねちっこく言って来る相手ばかりも責められない。 「先輩」 もう一人、傍にいた若い警官が、頭を掻きながら口を挟んだ。 「何だ?」 「その辺で良いんじゃないですか? だって、彼は最近悪さしてないんでしょう? それより、こっちの高校生は、一昨日も中学生に恐喝してたって補導されてますよ」 未だ、気絶から覚めない蛭谷の手下を見つめて、若い警官が言う。 「……ふん。どっちも似たようなもんだろう。コイツの場合、親もあれだからな」 「……っ!」 保護者を呼ぶと言った後。 克也の親の在り方を思い出した警官は、皮肉を込めて嘲るように言った。 「先輩〜そう言う大人の態度が、子供を頑なにするんスよ? 大人は子供が大人のことを聞かないとか何を考えてるか、判らないとか言うけど、大人も子供の言い分判ろうとしてないでしょう? 結局互いに歩み寄ろうって気がないんじゃ、平行線辿るだけじゃないですか?」 「ガキは大人しく言うこと聞いてりゃ良いんだよ。どうせ、一人じゃ何も出来ないんだから……」 自分を庇おうとしてくれている若い警官に、迷惑になるからと、克也は必死で怒りと不機嫌を自分の中に押し込めた。 自分のことをとやかく言われるのは慣れてるが、オヤジを引き合いに出されるのは、好きじゃない。 どうしようもない、飲んだくれのオヤジだが、克也は父親を決して嫌ってる訳ではなかったから―― 「ああ、もう先輩は良いですから、俺が後やりますよ」 怒りを我慢している克也に勘付いたのか、そう言って若い警官が、先輩警官を押しのけて、椅子に座った。 「誰か身元保証人になってくれそうな人はいない?」 「……それは……」 「身許引受人なら俺がなる」 不意に聞こえて来た声に、克也は「げっ」と振り返った。 「城之内くん!」 「遊戯、海馬?」 珍しく……ロングコートを着ていないスーツ姿の海馬が、遊戯と一緒に交番の入り口に立っていた。 この上なく。 この場所が似合わない海馬に、克也は場所も考えずに笑いたくなる。 「カツヤ!」 その後ろから、小柄な少年がゆっくりと、交番の中へ入って来た。 「え、越前?」 「カツヤは、オレを助けてくたんスけど。オレがあいつらに絡まれてるの……。それでもカツヤが悪くなるんすか?」 警官を見上げて、冷静な口調でリョーマが言う。 「……そうだったんだ。君にも事情を聞きたいと思ってたから、来てくれて良かったよ。ありがとう」 「……別に。借りは作りたくないんで」 リョーマはふいっと目を逸らして、克也の腕を掴んだ。 「全ての身許保証はオレがする。それで文句なかろう?」 纏めるように海馬が言った。 「じゃあ、これに名前と住所を書いてもらえるかな?」 警官の差し出す用紙に、面倒くさそうに海馬がサインしていると、背後から警官が口を挟んできた。 「そう言うお前は、幾つだ?」 「……17だが?」 「17だと? 未成年に身元保証人が務まるか! 成人している大人を連れて来い!」 「……せ、先輩……」 「煩いぞ、ごく潰し」 震える声で、先輩を呼ぶ声に、海馬の声が重なった。 「なっ!」 「出世も出来ず、己のうだつが上がらないからと、ガキを甚振るのはさぞかし、【ストレス解消】になるのだろうな」 「こ、この、ガキが!!」 「先輩!!」 「何だっ!!」 「……社長ですよ!」 「……社長だあ?」 「ほら!! 海馬コーポレーションの社長の、海馬瀬人……! 本庁の上層部でも一目置いてる存在ですよ〜〜!!」 「……っ!」 にわかに焦りを見せる警官に、海馬が不機嫌に口を開いた。 「ふん。権力にはこびへつらうか。反吐が出る」 そう言って、海馬は踵を返した。 「もう直ぐ、遊裏たちがここに来る。貴様らは動かずに待ってるんだな」 「……海馬……」 なし崩し的に解放された気がして、克也はどこか呆気に取られたままだった。 そうして。 海馬の言葉に、複雑な表情の克也に向かって遊戯がにこやかに言う。 「良かったね、城之内くん」 「……ありがとな、遊戯」 その言葉に、克也も苦笑を浮かべて素直に礼を言っていた。 「……ねえ、あんた……偉い人なの?」 不意に聞こえて来た声に、克也はすっと青ざめ、遊戯は大きく目を見開いた。 「何だ、貴様?」 「……警察も一目置くほど、偉い人なの?」 「……貴様に関係ないだろう?」 「ねえ、あんたの声、どっかで聞いたことあるような気がするんだけど、気のせい?」 「……」 多分。 怒鳴りつけようとしたのだろう。 だが、自分よりはるかに見下ろす位置にいるリョーマに対して、海馬は結局何も言えずに、視線を逸らした。 「貴様とは初対面だ」 「そうだよね。……じゃあ、気のせいかな?」 「なあ、遊戯」 「……何? 城之内くん」 「海馬って……もしかして、ガキに弱いのか?」 「……ああ見えても、海馬くん、子供好きだよ? でも、今頭に浮かんだのは、きっとモクバくんだよ。同じ年頃でしょ? 彼と」 「……ああ、なるほどな」 確か、モクバもこの春で中学生になっていた筈だ。 確かに、リョーマと同い年になる。 変なことに納得していた克也は、別の方角から聞こえて来た声に、前のめりに倒れそうになった。 「おっちびーーーーー!!!!」 「あ。エージ!」 仏頂面で、相手を挑発するような笑みしか浮かべなかったリョーマが、物凄く嬉しそうに笑った。 「へえ……」 「会いたかったよん! 遅れてごめんね、おチビちゃん!!」 「……もう! エージが遅刻するから……でも、何か楽しかった」 「へ?」 英二がリョーマを抱き締めて、リョーマは文句を口にしようとして、不意に別のことを言っていた。 そうして、背後を見返る。 「だって、面白そうな人たちに会えたッスからね」 「……?」 キョトンと、英二はリョーマの背後にいた3人を見比べた。 「帰るぞ、遊戯」 「あ。うん! じゃあね、城之内くん。遊裏くんも、またね!」 「遊裏!!」 「……相棒、ありがとう」 「あはは、ボクは何にもしてないよ!」 じゃあねと、手を振って、海馬の後を追って駆けて行った。 「やっと、会えた」 苦笑を浮かべながら、克也の隣に立った、遊裏が言う。 「でも、本当はそんなに時間経ってないのにな?」 続けて言って、克也の肩に額を押し付けた。 「そ、だよな〜あれから、二時間くらいか? 何か、随分離れてたみてえだけど」 「……まるで半年振りくらいに会ったような気がする。気のせいかな?」 「多分……気のせいじゃないかも、な」 そう言って、克也は遊裏を抱き締めた。 |