エピローグ
「んで、これからどうする?」

 少しして――
 克也が、遊裏に問い掛けた。
 考えるように首を傾げた遊裏が、ふと視線を流すと、リョーマと目が合ってしまった。

 意志の強そうな真っ直ぐな視線を受けて、遊裏も思わず同じ視線を返す。

「ねえ……どうして、エージに抱き上げられてたの?」
「は?」

 不意に問い掛けられて遊裏はキョトンと目を見開いて、間の抜けた声で問い返していた。

「ほら、人込みに飲まれてたとき。エージに抱かれてたじゃん。何で?」
「……だっ?」
「……な、何言い出すんだよ、おチビ!!」
「慌ててる。……エージ、何か疚しいことでもあるんスか?」
「そうじゃなくて!!」

 焦る英二と遊裏に、その背後で克也が小さく吹き出し肩を揺らしていた。

「克也! 何笑ってるんだ!!」
「……ああ、悪ぃ悪ぃ! 越前、その言い方、ちとまずいって」
「何で?」
「……ぱっと聞いただけじゃ、違う意味に取れるんだよ」
「違う意味……?」
「だってよ、遊裏は抱き上げられただけで、抱かれた訳じゃねえだろう?」
「??? 何か、違いが良く判んないけど……」
「要するにな……」
 克也が何事かリョーマの耳に囁くと、リョーマは軽く目を見開いて、英二と遊裏を見返った。


「……そんな誤解、どうやったら出来るの? バカじゃない? 二人とも」



 本気で、くだらないと言うように、リョーマは言い放ち、遊裏は少しだけこめかみを引きつらせた。
「おチビ……それ言いすぎ……」
「……だって、人込みの中でって言ったじゃないっすか。それで、そんな風に意味を取り違えるの、変じゃないッスか」
「……そうだけどさあ」
「ニュアンスの問題だな。言葉だけを聞くと、違う方に考える……。まあ、それはともかく……。あれは、オレが人込みに押されて転びかけたのを、菊丸が助けてくれたんだ」
「そうそう。でも、身動き取れなくてさ……。とにかく、遊裏ちゃんが具合悪いことにして、道を空けて貰おうと思ったんだよ」

 それまで余裕で笑っていた克也が、ふと訝しげに目を細めて、英二に視線を向けた。
「今、なんつった?」
「……は?」
「コイツのこと、なんて呼んだ?」
「……遊裏ちゃん♪」
「なんで、てめえがコイツを【ちゃん付け】で呼ぶんだよ!!!」
「カツヤ! エージに手を出したらダメ!!!」
「…………ちょっ、ちょっと待ってよ! 何、そっちはおチビに、名前【呼び捨て】にされてんの? 何で?!」

 思わず掴んでいた胸倉を振り切って、詰め寄って来る英二に、克也が反対に気圧される。

「そ、それは、コイツが、「城之内」って呼べなかったからだ!」
「……ジョーノチ……じゃなくて、ジョーノウ、チって難しいかも……」
「……おチビ……そういや、帰国子女だっけ……」
「だから、カツヤで良いかって言うから、良いって言ったんだよ!」
「……あ、あはは……そーれは、仕方ないかもね」
 言いながら、英二は克也からさりげなく離れようとした。
「んで?」
「え?」
「おめえは、何で、遊裏をちゃん付けしてんだよ?」
「……えーっと……何か武藤さんってのも柄じゃないしさー」
「んじゃ、武藤先輩で良いだろうが」
「……んーそれもなんか変じゃん?」
「何で? ちゃん付けよりはるかにマシだぞ!」
「……そう? んじゃ、城之内先輩って呼ぶね?」
「はあ?」
「……けって〜い♪ よろしくねん、城之内先輩v」

 にこやかに容赦なく英二が言って、機嫌良く笑う。
 そっと、克也は遊裏を見返った。
 決まり悪そうに頷く遊裏に、克也は深々と溜息をついたのだった。


「ねえ、城之内先輩!」

 でも。
 何だか、そう呼ばれるのは、背筋がゾクゾクして嫌な気がする。
 気のせいか?

「何だよ?」
「……これから、一緒しない?」
「……ってどこに?」
「海馬ランドのバーチャル・シュミレーター! これでね、ファンタジーみたいな世界に入り込んでね、ゲームする……って、どしたの? 城之内先輩、遊裏ちゃん」
「……何か、青ざめてるっすよ?」


 嫌な汗が背中を辿る。
 そう、【城之内先輩】と呼ばれることも何だか、とても嫌だったが。
 これは、それとは別次元でとてつもなく、嫌な思い出を彷彿とさせる。


「いや、オレ達は……なあ? 遊裏」
「そうだな……電脳世界はもう、こりごりだ」
「ええー? 何で? 楽しそうじゃん♪ 一緒に行こうよ」
「……怖いの?」


 リョーマの問いに、複雑な表情を浮かべつつ、遊裏と克也は目を合わせる。


「「いろんな意味でな」」

 異口同音に答えて、二人は踵を返した。

「じゃあな、お前らはたっぷり楽しんで来い!」
「ちゃんと帰って来れることを祈ってるぜ!」
 そう言って、二人して駆け出して行く。

「ええー? ちょっとどう言う意味なのさ? 遊裏ちゃん!!」
「……帰って来れなくなるの? 何か、オレ嫌かも……」
「そんな訳ないじゃん!! って、ちょっと待ってよ!! 遊裏ちゃん、城之内先輩!!」



 意味深な台詞を残して去って行く二人を、英二は思わず追いかけるために駆け出した。

「あ、待ってよ、エージ!」
「早く、おチビちゃん!!」
 リョーマに手を伸ばして、その手を掴み、先を行く克也と遊裏を追う。


 梅雨明けの……夏の空が目に入って、思わず英二は苦笑した。





「海馬ランドは今度にして、今日は遊裏ちゃんたちと一緒に過ごそうよ?」
「良いッスね。異存ないっすよ」
「けって〜い♪ んじゃ、とっとと追いつかないとね!」
「そっすね」



 そうして、駅の構内で二人に追いつき、海に行くんだと言う二人に、英二とリョーマも便乗した。






 夏は、これから始まる――



<Fin>




ちょっとしたオマケのつもりが、なんだか長くなって、しかも似非シリアスなってます(滝汗)
読んでみたいと思ってくれた方はへどうぞ(^^ゞ