True Love
Act3.真実の行方 「ねえ、チビちゃん」 「何だ? 英二」 午後。 一緒に出掛けると言って、出て来たは良いものの、何故か不二や克也、リョーマも付いて来ていて、英二は複雑な想いのまま、遊裏に声をかけた。 そうしていながら、目の前を歩いている、リョーマの後姿を暫く見つめ、自分から思い切るように、視線を逸らして、遊裏に向ける。 「英二?」 「……うん。あのね」 そう言って、英二は遊裏の右手を掴んで、立ち止まった。 立ち止まった先にある、遊歩道の外れに視線を向けて。 英二は、おもむろに、小さな舗装されてもいない道に向かって歩き出したのである。 「英二?」 「しっ! みんなに気付かれちゃうよ?」 そう言って、ドンドン歩く英二の後を、抵抗もせずに遊裏はついて行った。 ほんの少しだけ話した相棒の言葉。 『君が心から望んで英二くんと付き合うって言うなら、ボクは反対しないよ? でも……ボクにも君が本気で英二くんを好きだとは思えないんだ』 即座に否定したかったのに、言葉が出なかった。 『裏遊戯』……。 その声が自分の心を縛り付ける。 自分を相棒以外の人が、初めて自分として見てくれた証。 でも、自分が好きだと思う人は、自分の目の前で手を引いてくれているこの人だと……思ってしまうのだ。 「……間違っているのか? オレ達は……」 「関係ないよ! 間違ってたって何だって、オレはチビちゃんが好きだからね!」 「……英二」 早足だった英二の足が次第に歩幅を広げ、最後には駆け出していた。 それに、引きずられるようにして、遊裏も走り出し、殆ど道とは呼べない道をひた走った。 草や細い枝で、腕や足に多少の傷が出来ながら、細道を抜け出して、少し開けた場所に出た。 そこで、英二はやっと足を止めて、肩で大きく息をついて、遊裏を振り返った。 「大丈夫? チビちゃん?」 「……ああ……平気だ」 二人で、みんなの中から逃げ出して来て、どこに行くのか、どうするのか。 何かを考えていた訳ではない。 だから、二人で無言のまま、ゆっくりと歩き始めた。 「なんか、雲行きが怪しいね」 「……一雨来るな。帰った方が良いかもしれない」 「帰りたい?」 「英二は?」 問われて英二は、誤魔化すように笑った。 遊裏も笑みを返して、次の瞬間、冷たい雫を感じて、空を見上げた。 ☆ ☆ 降り出したと思った瞬間、集中的に雨が降り注ぎ、視界が悪くなって、結局、逸れた遊裏と英二の探索を打ち切った。 「……わざと逸れたのかも知れないしね」 不二の言葉に、克也は唇を噛み締める。 「とにかく、一度別荘に帰ろう。ね、越前」 不二の言葉にも反応せずに、、ただ、雨に煙る前方を見つめて、リョーマは微動だにしなかった。 「リョーマ……」 「……どうして……」 近付いて、リョーマの肩を叩いた克也には、その言葉が聞こえてしまった。 地面を叩きつける雨の音に、少し離れた場所にいた不二には聞こえない。 克也は、今度はそっとリョーマの頭を撫でて、促すように別荘に向かって歩き出した。 本当なら、走って帰るところだろうが、今の克也たちには、走るほどの気力は残っていなかったのである。 別荘について、取り敢えずバスルームに向い、夏とは言え冷えた身体を温めた。 ずぶ濡れで帰って来た3人に服の用意はしとくからと、杏子と静香が強引にバスルームに放り込んだので、出た時には、バスタオルと着替えも用意されていた。 着替えを済ませて、リビングに向かうと、遊戯と桃城、それに、大石の3人がいて、心配げに視線を向けて来た。 「大変だったな。不二、越前。……城之内さんも大丈夫ですか?」 「……まあな。いきなりの雨には参ったけどよ」 苦笑を浮かべて克也が答えて、手近のソファに腰掛けた。 「それで、遊裏くんと英二くんは?」 「まだ、帰ってないの?」 遊戯の問いに、リョーマが問い返す。 遊戯は困ったように、肩を竦めて頷いた。 「この雨で、身動きが取れなくなってるんだと思うけど……」 雨はまだ、凄まじい音を立てて降り続けている。 「そう言えば、不二。朝から、乾を見ていないんだが、知らないか?」 「さあ? そう言えば、昼食も食べに来なかったね。あの後は、僕も、越前たちと出掛けたし……見かけてないな」 「そうか」 「でも、それ言うなら、海堂も見てないッスよ?」 「……!」 桃城の言葉に、不二がハッとしたように、軽く目を開き、大石は何とも言えない表情になった。 「?」 訳の判らない様子の桃城は、何となく事情を察した克也と遊戯は、そのことについて、それ以上追求しなかった。 リョーマは、窓に近付き、降り続ける雨を見つめていた。 「あー腹減った! 城之内、飯は……って、何か暗いムードだな」 リビングに入って来た本田が、その場の雰囲気に、困惑したように後退った。 「城之内くん。もし、具合悪いなら、僕が夕飯、作ろうか?」 御伽の言葉に、克也は視線だけを向けて、首を振った。 「いや……当番だからな。オレが作るよ。ただ、英二がまだ帰って来てねえから、手伝ってくれ」 「OK」 そうして、キッチンに向い、二人で夕食の準備を始めた。 リビングの雰囲気に耐え切れずに、自分に宛がわれている部屋に戻った桃城は、暫く持参した携帯ゲームをやっていた。 桃城は、昼から雰囲気が変わってしまった別荘の中の空気と、外の雨にうんざりしながら、視線を窓に転じた。 「あれ? 英二先輩?」 この別荘の庭の間にある道を、二人こちらに向いて歩いて来るのが見えた。 そうして、雨が上がっていることに気がつき、桃城はテラスに出て大声で呼んだのである。 「英二先輩!!」 テラスに出て叫んだ桃城の声は、リビングにいた面々にも届いていた。 リビングの前に続くデッキテラスに全員が飛び出して、庭の方を見つめる。 もう、既に日が暮れた中で、外灯の下を、英二と遊裏が歩いて来るのを認めて、克也がデッキテラスの手すりを乗り越えて、庭に下り立った。 同時に小柄な身体が克也の横に着地して、すぐさま駆け出して行く。 「エージ先輩!!」 「……あ」 「……」 リョーマが駆け寄ると、英二は困ったように身を引いた。 遊裏の方は、リョーマの視線から逃れるように、英二の陰に隠れて俯いた。 「エージ? ユーリ?」 途方に暮れたようにリョーマが問い掛けた。 少し遅れて側に来た克也は、遊裏の様子に眉を顰めた。 「遊裏……? 身体、冷えてるんじゃねえか? 風呂に入って……」 「やめてくれ」 「遊裏……」 「……君は、オレの……親友だけど……。でも……恋人じゃない……。そう言う気遣いは……不要だ」 「……っ!」 息を飲む克也に向かって、英二は申し訳なさそうに口を開いた。 「……状況が判ってるなら、行っても良いよね? 直ぐに、風呂に入りたいんだ」 「………………」 「エージ!」 どんな時でも冷静さを乱さないリョーマが、声を上げて、その腕を掴んで引き止めた。 「どうして?」 「……何が?」 「どうして……急に……?」 「……越前。オレには、別に急じゃない……言えるのはそれだけだ」 自分を見つめる英二の視線。 不意に思い出した。 ――別れた相手には冷たくなると言う、英二の『癖』を思い出したのだ。 リョーマは、それ以上何も言えず、ただ、真っ直ぐに自分を見つめて来る冷たい視線に、恐怖を覚えた。 「……やだ」 「……越前?」 「……ヤダヤダヤダヤダヤダっ!! エージの馬鹿!! ウソツキ!!!!」 「リョーマ!!」 力の限りに叫んで、別荘に向かって走りだし駆け込んで行く。 声をかけた克也を無視する形で、リョーマは別荘の中へ入り、見えなくなった。 感情を吐露しないリョーマの、極めて珍しい行動に、英二の方が虚を付かれていた。 「……どうしても、判らない。何故だ? オレ達は、朝まで旨く行っていた。こんな……こと……」 「城之内くん?」 克也の頬を伝って流れた雫に、遊裏も英二も驚いたように目を瞠った。 だが、克也はその口許に、薄く笑みを浮かべて英二に向かって言ったのである。 「……夜道には気をつけろよ。オレは……遊裏の心を奪ったお前を……殺すかも知れない」 「……っ!!」 たとえ、それが常軌を逸している行為でも……。 自分の感情を抑制出来るか自信がない。 それでも、今、そう動かないのは、まだ心のどこかで、この事態を現実のものとして、認めていないからだ。 踵を返して、別荘の中に戻る。 だが、そうしながらも、克也は遊裏に視線を向けて、胸が痛むのを感じていた。 息が旨く出来ない。 心臓が……痛みを訴えて来る。 頭も痛いし、立っていられない。 でも……。 腑に落ちない。 あまりにも急すぎるこの展開が……。 「どっちにしても先に、風呂にはいんないとね。遊裏、先に行ってて。着替えとか、オレ持って来るから」 「……ああ。悪いな、英二」 聞こえて来た英二の――声。 『遊裏』 「……もう、ダメなのか……?」 廊下の壁に拳を打ち付けて、そのまま、ズルズルと座り込んだ。 「……何やってンすか?」 聞こえて来た声に視線を向けると、確か桃城が姿が見えないと言っていた海堂がこちらに向かって歩いて来ていた。 「あ、ああ。悪い、通るのに邪魔だな」 「……別に。避ければどうってことないッス」 そう言って、首を傾げながら、 「……何か、あったンすか?」 余り、人のすることに口を挟むことはない海堂も、克也の様子が尋常じゃないと感じたらしく、遠慮がちに問い掛けて来た。 「いや……まあ、あれだ。失恋したって奴だな」 「……失恋? 城之内さんがッスか?」 「……ああ、まあ。オレとリョーマがな」 「……? 越前も? あれ? でも……」 何か言いかけた海堂は、不意に言葉を切って、風呂に行くことを告げて、そそくさと行ってしまった。 「何やってるんですか? 城之内さん」 かけられた声に、克也は少し脱力した。 海堂の後を追うように現れた乾にである。 海堂は乾の姿を見て、慌てて逃げ出したようであるが……。 「……何て言うか、お前の声……絶対に、海馬に似てるだろ?」 「……そうですか?」 首を傾げる乾に、何となくコメカミ辺りに痛みを感じた。 声だけ聞いてると、海馬に敬語を使われているような気がして、脱力してしまう。 と言うか、あんまり聞いて居たくない。 「さっき、越前を見かけて、様子が可笑しかったが……。何かあったのかな?」 「ああ、その話し方の方がマシだ。まあな」 事情を掻い摘んで話すと、乾は首を傾げて呟いた。 「心変わり……ねえ」 「……乾?」 「もしかして……冷蔵庫にあった……冷茶を……」 ブツブツ呟きながら、キッチンに向かって歩き出す。 克也は、その後に付いて何とか歩き出した。 もしかしたら、この悪夢のような現実について、乾が何か知ってるのかも知れないと、感じたからである。 窓から見える空は、夕方からの雨がウソのように晴れ渡り、幾満の星々を湛えていた。 <続く> |
転? 転なのかな?
本当はね、英二と遊裏の……があったんだけど。
カットしちゃったv
誰も見たくないと思ったから(笑)