DRAGON MASTER #3 過去



「……我が兄……? 返せって……?」
 訳が判らず、茫然とするエージの声に、ハッとして、カツヤは頭を振って、目の前の少年を見つめた。
「なら、最初からそう言ってくれば良いじゃねえか……。なんでいきなり、攻撃して来るんだ?」
「……不意打ちは効果絶大だからな。先手必勝。こっちの正体を悟らせず、攻撃を繰り出すのは、戦術の一つだ」
 淡々と言う少年の言葉に、カツヤは反論を加えず、拳を握り締めた。

 確かに……。
 その通りだ。
 戦闘で、自分の有利に状況を持って行くのは、セオリーと言ってもいい。
 果し合いや、決闘でもない、戦闘であれば……少年の言うことは正しいのだ。


「返せって……別に……オレは…」
 言いかけたところで、再度の魔法攻撃が襲い掛かって来た。
「げっ! こら、人の話は聞けよ!!」
 カツヤは慌てて、剣を構えて、対抗しようとすると、自分の前に誰かが駆け込んで来て、呪文を唱えた。
『旋風衝・壁!』
 風が壁を作り、少年の魔法を弾き飛ばした。
「え?」
 エージは、リョーマと言う少年を拘束したままで、魔法が使えない。
 今、魔法を使ったのは、エージ以外の誰かで、カツヤは自分の前に立つ少年に、目を瞠った。

「……ユウギ!?」
「ユーリ! ダメじゃないか! ちゃんと確認もしないでいきなり攻撃なんて! この人たちは、ボク達を捜しに来てくれたのに!!」
「……え?」
 ユウギの言葉に、目の前の少年――ユーリは呆気に取られたように目を瞬かせて、暫し硬直した。

 だが、直ぐにユウギの側に来て、その手を取り、
「ユウギ! 無事で良かった。祖父ちゃんが凄く心配してたぞ!」
「……ユーリ! その前に、することがあるだろう!?」
「……………………いやでも」
「ユ・ー・リ!!」
 ユウギの迫力に、こめかみに冷や汗をかきながら、ユーリはカツヤたちに向き直って、小さく呟いた。
「……すまない」
「それ、謝ってる態度じゃないじゃ……」
「もう良いよ。誤解は解けた訳だし……」
 さらに怒るユウギに、カツヤが口を挟んで、ニッコリ笑った。
「ねえ、そこのあんた」
 下方からかかった声に、エージがハッとする。
「これ、そろそろ解いてくれても良いんじゃない?」
 まだ、風の魔法に拘束されていたリョーマが、憮然と言い、ハッとしたエージは、慌ててその魔法を解除した。

「てっきり、ユーリの兄さんたちを攫ったのかと思ってた……」
 立ち上がりながら、リョーマが言い、エージは小さく、
「んな訳あるかよ」
 と呟いていた。

「さて、こっちの誤解は解けたから良いとして……。問題はこの結界を張った奴と、警兵隊がどうなったか確かめねえと……」
「キャッスル……ホワイト・ドラゴンも忘れるな」
 いらない忠告をして来るセトを無視して、カツヤはユーリに向き直った。
「……あんたらが、この森に入って来るとき、結界はなかったか?」
「……ああ。消えていた。オレ達が入った瞬間、新たに張られて、帰り道が判らなくなったんだ」
「なるほどね……」
「キャッスルと言ったな?」
 訝しげな表情をしていたユーリが、不意にカツヤに向かって問い掛けた。
「ああ、それがどうした?」
「……もしかして、ハンターか?」
 その問いかけに、ユウギが何か含みのあるようなことを言っていたなと思い出す。
「……ああ」
 どんどん、ユーリの目付きが険しくなる。
 消えていたはずの、殺気が強くなる。
 それを全身に感じて、カツヤは思わず後退って身構えた。

「カツヤ……キャッスルか?」

 その問いに、肯定したら、どうなるのか、カツヤは暫し考えた。
 だが、ウソをつく訳には行かない。
 自分を否定することは出来ないのだ。

「そうだ。なんで、知ってる?」
 肯定し、疑問を問い掛けると、ユーリの表情は一変した。
 再び、殺気を顕わにして、飛び退って、呪文を解放した。

『宵闇衝(しょうあんしょう)!』
 黒い影が、ユーリの目の前に現れた。
 真っ直ぐカツヤに向かって、それは広がり、カツヤ自身を飲み込もうとする。
『閃光衝!』
 だが、横合いから別の呪文が解放され、反属性の二つの魔法がぶつかり合って、相殺した。
「いきなり、何すんだよ!? どう言うつもりだ!?」
 魔法を放って、カツヤの前に滑り込んだエージが、声を荒げて問い掛けた。
「……そこをどけ。どかなければ、貴様ごと……殺す!!」
 さらに呪文を唱えるユーリに、エージも反属性の呪文で対抗する。
 相容れることのない、二つの魔法。
 それは、どちらかが弱ければ、相手によって逆に破壊される。
 両方が互角であれば、魔法自体が相殺されて、効果を発揮しないまま、消え去るのである。

 その事実に、ユーリが目を瞠った。

「何故? 貴様には関係ないだろう? 貴様がそいつを庇わなければ、オレには貴様を殺すつもりはないんだ」
「……カツヤは……カツヤはオレの相棒だ! 黙って死なせる訳には行かねーんだよ! あんたは、自分の相棒が攻撃されてるのを、黙ってみてるのか? 違うだろう!?」
「……」
「だって、そこの……おチビを助けに来たじゃねえか!!」
「ああ、そうだな。自分の友人なら、仲間なら、相棒なら……命に代えても助けて見せるさ」
 当然のように言うユーリに、エージは「だったら……っ!」と悲痛な声で訴えた。
 だが、ユーリは底冷えのする視線を、カツヤに向けて、
「そいつには、その価値はない!」
「何……っ!?」
「そいつは、仕事のために、自分の仲間を切り捨て、見捨てたんだからな!!」
「……!」
「…………」

 本来の状況を全く無視して、現状は流れて行く。
 驚くエージと、無言のままのカツヤに……。
 ユウギが静かに口を開いた。

「……ユセル=ウェスティって……もちろん知ってるよね?」
「……」
「ボク達の父さんのことだけど……」
 ユウギは、ユーリの隣に立って、カツヤに寂しそうな哀しそうな視線を向けた。
「……5年前、君はその人と組んで仕事をしていた筈だ。違う?」
「……………」
 何も喋らないカツヤに、エージが心配そうな視線を向けて呼びかける。
「カツヤ?」
「……そか。ユセの息子か……」


 小さく呟き、肩を竦める。

「父親の仇討ちってか? それは、別に結構だが……少しは状況を考えろ」
「何……!?」
「……今、一番重要なのは、そいつらを森の外に連れ出すこと。そのためには、この結界を張った奴を探し出して、倒すしかねえんだ……」
「逃げるのか?」
「……………言っとくが……オレは自分の仕事に自分なりのプライドを持っている。どんなことがあっても、その仕事を完遂させる。それが、オレのモットーだ」
「そのために、仲間を見捨ててもか!?」
「……遊びじゃねえんだよ? 小僧」

 カツヤはそう言って、手に持ったままだった剣を持ち上げた。

「……っ!」
 気が付いた時にはカツヤは動いていた。
 自分の目の前から消えたカツヤに、ユーリが一瞬戸惑った。
 そうして、自分の背後に気配を感じ、振り返った時には、カツヤは自分に背を向け何かを斬り捨てていた。
 重い音が響き、それが木の枝であることが判る。
「だから、私情を捨てて、協力しろよ?」
 挑戦的に笑みを浮かべてユーリを見返った。
 周りの樹の枝がしなり、伸びてカツヤに向かって襲い掛かる。
『火炎衝!』
 間髪を入れずに、エージの呪文が発動し、その枝を炎が包み込んだ。

「ま、そう言うことだね。折角、実力がある人間が5人いる訳なんだから、協力しない手はないよね?」
「……っ!」
「防御魔法使えるんだろ?」
 ユウギに向かってエージが問い掛けると、ユウギは慌てて頷いた。
「じゃあ、あの二人を守ってくれる?」
「判った」

 頷きユウギは、キヨスミたちの方に駆け寄り、防御の魔法を唱えた。
 迫って来ていた枝は、その壁に阻まれて霧散する。
 それを目の端に捉えながら、エージは自分のことに専念することにした。



   ☆   ☆   ☆

 そうして、やっと周りの木々が動かなくなって、油断なくカツヤは剣を背中の鞘に収めた。

「誰か来るぞ?」
 セトの言葉に、カツヤは頷いた。
「ああ……判ってる」
 草を踏み分ける足音が、迫って来て、そうして草むらから一人の青年が飛び出した。
「……た、助け……」
「こりゃ、警兵隊の……制服だな」
 カツヤは駆け寄って、エージに視線を向けた。
 エージは、頷いてその兵士の傷口に手を当てて、呪文を唱えた。
 光の回復魔法が、浸透して、傷口が綺麗に治っていく。
「何があったんだ?」
 傷の痛みは引いたものの、かなり疲労している兵士に、カツヤは腰に下げていた水を飲ませて、問い掛けた。
「……はあ。ありがとう……。森の奥に……廃墟の屋敷が……」
「廃墟?」
「ああ……そこに、化け物が……みんな……やられて、それで……」
「あんたは、仲間を見捨てて逃げて来たのか?」
 口を挟むようにユーリが言った。
「ちょっと、黙ってろ」
「……っ!」
「助けを呼びに来たんだな?」
「……オレは嫌だった……オレだけ逃げるみたいで……。だけど、隊長が……」
「判ってる。誰もお前を責めない」
 カツヤは静かに言って、ユーリを見返った。
「お前、一緒に来い」
「……なっ?」
 あからさまに嫌そうな表情を浮かべるユーリを無視して、カツヤはエージに向かって言った。
「……エージ。お前はここに残れ。結界が解けたら、直ぐにみんなを連れて森を出るんだ」
「……そんな……なんでオレが? オレはカツヤと……」
「オレが、お前を信じているからだよ」
 優しく囁くように言い、ウインクすると、エージは不承不承頷いた。
「……この森にいる間は、休戦するって誓え。みんなを助けに行こうとしている、カツヤを……背後から襲うようなことをしないと……」
「……オレが信用出来ないなら、オレをここに残せば良い」
「お前は俺と来るんだ」
「なんで!?」
「……仲間と一緒に戦うこと……自分の使命を全うすることの本当の意味。お前は知らなきゃいけない」
「……!」
 ギッと、カツヤを睨みながら、拳を握り締める。
「本当はそっちの……お前の兄貴にも来てほしいんだけどな。でも一週間ここで迷っていたアイツにはちとキツイからな。だから、兄貴の分もお前が見届けるんだ」
「……」
「ユーリ……。約束しよう。この人が言ってることは無茶なことなんかじゃない。キヨスミさまとモクバくんは、もう本当に限界に近いんだ」
「……判った」
「俺も行くぞ」
 頼んでもいないのにセトが言い出して、モクバがハッとしたように、その服の裾を掴んだ。
「大丈夫だ。直ぐに戻って来る」
「……う、うん」
 だが、ユーリはともかく、モクバは不信そうにカツヤを見つめた。
「……前に、ブルーアイズを捕まえた時は、無事に帰って来ただろうが? オレが信じらんねえんなら、自分の兄貴を信じるんだな」
 カツヤはそう言って、兵士が出て来た方角に向けて歩き始めた。
「カツヤ! 気を付けて……!」
「おう!」
 振り返らずに、右手を上げて答えて、カツヤの姿は見えなくなった。

「……お前は……アイツと一緒に……?」
「3年になるよ。でも、カツヤはオレを裏切ったことはないからね!!」
「……」
 エージの訴えるような言葉に、結局、何も言えずに、カツヤの後について歩き出した。
 セトは、モクバの頭を撫でて、ユウギに後を頼むと言い、さらにその後に続いた。

     ☆   ☆   ☆


「本当にそっちで良いのか?」
 背後から問い掛けて来るユーリに、カツヤは視線だけを向けて、足元を指差した。
「……良く見てみろ。足元の草が踏まれてるだろ? あの兵士が辿って来た跡だ。お前が疑心暗鬼になるのは判るけど、状況を良く見るんだな。お前だって、旅慣れてるんだろう?」
「……ユーリは一つのことに夢中になると他に目が行かないことが多いからね」
「はあ? お前……なんで?」
 その声に、カツヤは驚いたように振り返った。
「ユーリが行くとこなら、俺も行く。借りを返すチャンスを逃したくないんでね」
 リョーマがあっさり言って、ユーリの隣に並んでいた。
 一体、いつの間について来たのやら……。
「まあ、良いか……足手まといには、ならねえみてえだからな」
 カツヤはそう言って、それ以上は話をしないで、先を急いだ。

 どれくらい歩いたのか。
 もう既に時間感覚も乏しくなって来た頃、やっと森の切れ目が見えた。
 森の中心にあたるらしい、そこは、ぽっかり開けた場所で、頭上には拡がる空が見える。
 既に陽は暮れ、満天を星が彩っていた。

「あれか……」
 そこにあるのは、古びた洋館で、半分ほどが二階から崩れている。
「……灯り……って、そうか、お前、闇属性の魔法を使ってたな。じゃあ無理だな」
 カツヤはそう言って、背中の剣を抜き、軽く力を込めたように見えた。
 ボッと音がして、剣が燃え上がる。
「松明代わりに使うにゃ、ちっと勿体ねえがな」
 苦笑を浮かべて、カツヤは先頭に立って歩き出す。
 近付けば近付くほどに漂って来る血臭に、カツヤは眉を顰めた。
「……大丈夫か?」
 カツヤが、ユーリとリョーマを振り返って問い掛けた。
「何が?」
「……暗い方が案外良いかもしんねえな」
「何のことだ?」
「……吐くなよ」
「あんまり人を舐めるな」
「……」
 小さくユーリが言い、リョーマはただ黙ったまま、唇を引き締めた。
「そりゃ、悪かったな」



 3人が屋敷から数メートルの場所に来ると、そこには警兵隊の兵士たちが倒れていた。
 確認を取るまでもなく、既にそこには命の鼓動はなく、カツヤはさらに眉を顰めた。
「……あれ、何か動いた!」
 リョーマが言い、ユーリと共に駆け出した。
 カツヤの灯す明かりの下、その人は、多分裏打ちのされた立派なマントをつけていたのだろう。
 士官であることが判る目印として。
 それは、裏打ちが判る程度で、既にボロボロになっていて、ユーリが助け起こすと、かすかに目を開けた。
「だ、れ……だ?」
「……助けに来ました。貴方が逃がした、兵士に頼まれて」
 少し間を空けて、カツヤが答えた。
「…………そうか……アイツ……助か……か……」
「はい。オレ達に、みんなを助けて欲しいと……。必死で……」
 警兵隊長は、かすかに笑みを浮かべて、頷いた。
「……気をつけ……ろ。ヤツには……物理……撃は……」
 カツヤは、ゆっくり頷いた。
 ユーリは、目を閉じて動かなくなったその人を、ゆっくりと地面に横たえて、自身も目を閉じた。
「……行くぞ」
 その声に、ユーリはハッとして目を開けた。
 そうして、既に亡くなってしまった警兵隊長を見つめた。
 ホッとしたような、穏やかな表情を浮かべて……。
 そうして、カツヤの背中に視線を向けて、拳を握り締めた。
「ユーリ?」
「……何でもない。行くぞ、リョーマ」
「……うん」

 屋敷の門の前に来ると、カツヤはセトに向かって言った。
「……カイバ」
「何だ……?」
「この屋敷の中に、この迷いの森の結界を強めたやつがいる。本来結界を張っていたのは、人間に入って欲しくない精霊の類のはずだ。人に……入られたくないから、入りたくないと思うように……」
「なら、それを増長させたのは……」
「そう、人間だ。違法魔法士ってとこだろう……もしかしたら、ギルドでも指名手配されてるヤツかも知れねえ」
「……予想は?」
「……キメラ作成で、魔法士協会から追放された……セルジアス。セルジアス=ブランク。賞金額500000フィルの高額賞金首だ」
「ほう、それほどの実力者か?」
「……いや、アイツの作ったキメラが強いのさ。まあ、魔力も高いんだろうな。それまでにもキメラを作り出した魔法士なんざ、ごまんと居る。だが、そのキメラがきちんと命を持ち、動き、命令に従うことは滅多にない。それだけ、完成度が高いんだ」
「なるほど……命令に忠実な僕と言うことか……」
「……そう言うことだな」

 そう言った所で、カツヤはユーリを、セトがリョーマを抱きかかえて、その立ち位置から、後方へを飛び退った。

 物凄い地響きを立てて、それは上空から現れた。
 多分、この近くに魔法士の魔力の篭った何かがあり、侵入者に反応して、現れる仕組みなのだろう。
 フォルムは虎か獅子のようで、だが、頭は鷹か鷲のような鳥の頭である。
 背中に大きな羽根があり、シッポはそれが独自に動く蛇だった。


「こいつか? 物理攻撃が効かないってのは?」
「……物理攻撃が効かないってことは……ユーリだけしか対抗出来ないってこと?」
「……」
 カツヤはほんの一瞬だけ考える素振りをして、リョーマとセトを見た。
「オレとユーリで一瞬だけ隙を作る。お前らは中に入って、魔法士を倒してくれ」
「え? でも……」
「オレには魔法剣がある。何とかフォローぐらい出来るさ。さすがにユーリ一人じゃこいつは無理だ」
 それでも逡巡するリョーマの腕を、セトが掴んだ。
「グダグダ言う間に、行くぞ」
「キメラは創造主の意をもって動いている。だから、その元を断てば、動きが止まる……筈だ」
「……物理攻撃しか出来ぬオレ達がここに居ても、ただの足手まといだ」
 カツヤとセトの立て続けの言葉に、リョーマは視線をユーリに向けた。
 頷くユーリに、肩を竦めて小さく呟く。
「まだまだだね」

 このやり取りの間にも、キメラからの攻撃を受け続けていた。
 それを巧みに躱しながら、時にユーリの防御魔法が発動しながら、平然とやり取りしていたのである。
 カツヤは、剣を地面に突き刺して、魔法剣の魔法力を発動させる。
「火炎・円陣!」

 炎がまるで地面を這うように四方に伸びて、カツヤとユーリ、そしてキメラだけを囲むようにサークルを作り上げた。
「行くぞ!」
「うん」
 セトの声に、頷き駆け出そうとしたリョーマ目掛けて、キメラが衝撃波を放った。
 だが、その方向に回り込んだユーリの防御壁が、衝撃波を弾き飛ばす。

 その隙にリョーマとセトは、館に向かって本格的に駆け出していた。



「どうして、あんたが残ったんだ?」
「……? 当然だろう? この剣はオレのだ」
「だが……オレはあんたを信用してない。魔法剣は精神力で扱うと聞いている。リョーマでも十分扱えた筈だ」
「……なるほど。この剣をリョーマに預けて、オレにセトと魔法士倒しに行けってか?」
「それが順当な組み合わせだろう?」
「なんで? オレは今の組み合わせで満足してるが?」
「……オレが、あんたの背後から攻撃を仕掛けないと思ってるのか?」
「したけりゃすれば? でも、オレには当たんねえよ」
 あっけらかんと言って、カツヤは炎を纏った剣を構えた。
「ほらほら、ボーッとしてたら、お前がやられるぜ?」

 カツヤの背後から、キメラの前足が振り下ろされるのを、カツヤの振り抜いた剣の炎が遮り、キメラは飛び退いていた。
「……こっちに集中するしかねえだろう? 死にたくねえならな」

 カツヤの言うことが正論だと。
 もちろんユーリには判っていた。
 だが、自分の胸に渦巻く復讐の憎悪は簡単に抑えられるものでもない。
 ユーリの旅の理由が、父の敵を討つことであれば尚更である。


 4年前。
 まだ、11歳だったユーリは、ハンターである父が、旅から帰って来て色んな話をしてくれることが好きだった。
 仲間同士で連携して、罠を掻い潜って宝を手に入れた話や、凶悪な犯罪者を追い詰めた話など、面白おかしく聞かせるのが、父は旨かった。
 話半分に聞いた方が良いよと、父の兄弟はよく言っていた。
 それがたとえほら話でも、そんな父がユーリは大好きだった。
 自分もいつかハンターになって、旅をすることが当時のユーリの夢だった。


 だが、11歳になったばかりのある日。
 父とコンビを組んでいた男が、父の訃報を知らせてきた。
 とある仕事で、罠に嵌りかけたチームの一人である少年を庇った所をモンスターに襲われたと言う。
 善戦したものの、父はその戦いで命を落とし、男が気付いた時には、その少年の姿は消えていたと言う。
 街に戻って仕事の失敗を告げると、ギルドでは既に、その品物は無事に届けられて、依頼主は涙ながらに喜んでいると言う。
 釈然としないまま支払われた報酬を手に、それを父の家族に届けるために、ここに来たのだと告げた。

 暫く考えて、消えた少年が品物を届けたのだと思い至った。
 仲間を見捨てて自分だけが助かり、あまつさえその危地を招いたのは自分でありながら、その場から逃走したのである。
 当時少年は、15歳だった。
 一羽の鷹を従えて、いっぱしのハンターではあったが……。
 仲間を見捨てるようなヤツは最低だと、うめくように男は言っていた。


 ユーリもユウギもその話を信じた。
 自分たちの父は、仲間のハンターに裏切られたのだと。
 品物をギルドまで届けたと言うことは、仕事を完遂することを、仲間を助けることより優先したと言うのだ。

 ユーリはハンターになることを止めた。
 仕事を仲間よりも優先に考えるようなハンターにはなりたくないと思ったから。

 その少年が……今、青年となって目の前に居る。
 父の命の上に成り立った生を生きて来た……仇の青年が……。


「ユーリ!!!」
 呼ばれて、ユーリはハッとした。
 目の前に、キメラの放った風の刃が迫っていた。
 横合いから滑り込んだカツヤが剣を地面に突き刺して結界を張ることで、その攻撃を防いだ。
「……戦う気がねえんなら、とっとと帰れ」
 静かな、だが厳しい声でそう言うと、カツヤは肩越しに視線をユーリに向けた。
「戦う気がないヤツがいると、邪魔なんだよ」
「……っ!」
「まあ、ビビってるってんなら気持ちは判るからな。とっととこの場を離れて、兄貴の所にでも行っちまいな」
「……誰が! ビビってる訳じゃない!」
「私情を殺して、今の現状に対応出来ねえんなら同じことだ!!」
 怒鳴って怒鳴り返されて、ユーリは息を飲んだ。
「……てめえに期待したオレがバカだった。やっぱりエージを連れて来るべきだったな」
「……っ!」
 舌打ちを漏らして、カツヤは剣を振り向いた。
「火炎・爆!」
 剣から炎が噴き出し、キメラに向かって迫ると、その身体に触れた瞬間、爆発した。

 ふと、剣を構え直しながら、カツヤが肩で息をしていることに気がついた。

 ――精神力を蝕む魔法剣……。
 ユーリは頭を振って自分の頬を両手で思い切り叩いた。
 その行動に、カツヤが視線だけを向けて、軽く目を瞠り、次には軽く笑みを浮かべていた。