DRAGON MASTER #4 暴走


「で? 魔法士ってどこにいるのさ?」
「オレが知る訳なかろうが」
「率先して先に立って来た癖に、相手の居場所判ってる訳じゃなかったの?」
「煩い……」


 こちらが侵入したことはバレバレな訳だから、小細工を弄せず、正面から入り込めば良いと、玄関のドアを叩き壊して、中に侵入した。
 簡単な結界が張られていたものの、結界元になっていた魔法符を壊せば結界は、消え去った。
 キメラに絶対的な信頼があるのだろう。
 だが、エントランスホールに足を踏み入れて、いざ捜すとなると、その無数のドアの数に、躊躇してしまったのである。

 両脇の壁に並ぶドアは、ざっと十数個はある。
 こんなに短い間隔で部屋があるとは思えない。
 要するに……ダミーか、全てが同じ部屋に繋がっているか……。
 そのどちらかであろう。
 ダミーの場合、トラップの可能性もある。

 下手に踏み込む訳にも行かないとリョーマは、逡巡していた。
 だが、セトは一番奥にある正面のドアに向かって歩き、剣で斬り付けたのである。

 瞬間、まるで鏡が割れるような音が響き渡り、その場の光景が一変した。
 無数のドアは消え去り、そこにあるのは真っ直ぐに伸びる廊下が現れていた。

「よく判ったね?」
「……ふん。勘だ」

 あっけらかんと言うセトに、リョーマはジト目になって、小さく呟いた。
「勘でいきなりドア斬り付けるなよ」
「何か言ったか?」
「別に。さあ、行こう」

 伸びる廊下を駆け出した二人は、少しして足を止めた。

「ねえ……」
 そう言って、リョーマは周りを見回した。
 前は行き止まり。
 廊下は左右に分かれているだけである。
「どっちだと思う?」
 どの道を見ても先は見えない。
 行ってみないと判らない、と言う訳だ。
「……こう言う場合、真ん中と言う選択肢もありうるな」
「はあ?」
 どう見ても【真ん中】……は、行き止まりの壁である。
 魔力の殆どない、リョーマには、魔法士の張った結界の類は見えはしない。
 そのせいで、死にかけたところを、ユーリに助けられたのだ。

「あんた、魔力あんの?」
「……いや。精霊の類はサッパリ見えん」
「……じゃあ、敵の結界が見えるとか、幻視って訳でもないんだ?」
「強いて言うなら勘だな」
 思わず、リョーマは、またかと溜息をついてしまったが、セトは我関せずで、壁のレンガに手を触れていた。
「……サウス」
「何?」
 ふと、正面の壁の、右側へと廊下が続く壁の上の方を指差して、セトが言った。
「この隙間に、手を入れられるか?」
「……………今のままじゃ、無理だね」
「? ああ、そうか」
 どうしたものかと、考え込むセトに、リョーマはあっけらかんと言った。
「あんたが肩車してくれたら、出来るんじゃない?」
「何?」
「それか、踏み台になってくれる?」
 踏み台と肩車の二者択一を迫られて、セトは暫し考え込んだ。
 そうして、さすがに踏み台にされるよりはと、肩車を申し出たのである。

 セトの肩に足をかけて、立ち上がったセトによって視界がぐっと高くなる。
 自分の目線より少し下に位置するその隙間に、リョーマはまず、剣を差し込んでみた。

 何かが飛び出して来るような、手が挟まれるようなトラップはないらしいと、判断して、リョーマは初めて手を差し入れた。
「スイッチがある。押しても良い?」
「……しょうがあるまい。何が出て来ようと他に道があるとも思えん」
「だよね」

 そう言って、リョーマはそのスイッチを押して、直ぐに隙間から手を出し、セトの肩から飛び下りた。
 どこかで何かが開くような音がした。

 と。
 何かがリョーマの首に落ちてきて、咄嗟に手で振り落とした。
 少し冷たい感触に、背筋がぞっとするが、落ちたそれが蛇だと判ると、リョーマは視線を上に向けた。
 リョーマの首筋に落ちて来たのは、小さな毒も持ってない蛇だった。
 だが、開いた天井の梁に巻きついて居るのは……。
 それこそ、全長3メートル以上あると思われる、巨大な双頭の蛇だったのである。






     ☆   ☆   ☆

「ユーリ、一旦、退くぞ」
「え?」
 リョーマとセトが館の中に入るのを確認して、克也はそう言って、門から離れ始めた。
「キャッスル? どう言う意味だ? 何故、離れる? リョーマと……あの男はどうするんだ?」
「……あのなあ、今は、カイバたちを館の中に入れるために、牽制してただけだ。魔法士が、キメラを操ってるんだから、先に魔法士を倒しちまえば、命令系統のなくなったキメラは、ただの動物だ。倒すのも簡単になる。とは言っても、もちろん魔力はあるし、攻撃力は相当なもんだから、侮れはしねえが……。それでも今のあれを相手にするよりは、はるかにマシだ。だから、今のウチに少し休んで体力回復しとけ」
 門から離れれば、キメラは追って来てまで攻撃しては来ない。
 十分な距離を取って、カツヤは樹の根元に座り込んで、その幹に凭れ掛かった。

「そんなにジーッと人のこと見んなよ」
「……べ、別に見てなんかいない!!」
 実際、カツヤの言う通り、その行動の逐一を見つめ続けていたために、ユーリは決まり悪げに目を逸らした。
 自然に倒れたらしい樹の上に腰掛けて、館の方に視線を向ける。
「……どうして……仲間を見捨てた?」
「はあ? ああ、ユセのことか?」
「…………」
 カツヤは、どうしたもんかと視線を彷徨わせて、それから溜息をついて、口を開いた。
「どうしてなんて、今更無意味だ」
「……なっ!」
「そう言う状況だったんだ……。全滅する訳には行かなかった。だから、ユセルがオレを逃がしてくれた……。結果的に見れば、確かにオレはユセルを見捨てたかも知れねえ。でも、他に選択肢がなかった……それだけだ」
「だけど! ルーディスは助かったのに……! なんで父さんだけが!?」
「……ルーディス?」
 その瞬間、カツヤの中から溢れるような殺気が、ユーリに迫った。
 咄嗟に、殆ど、条件反射で身構えて、呪文を口走りそうになった自分を、慌てて抑えた。
「アイツが、どうしたって?」
「……ルーディスが、教えてくれたんだ。あんたが、仲間を見捨てて逃げて、品物を依頼人に渡したって」
「……」
 最高潮に、カツヤの殺気が際立った。
 力を入れたように見えなかったのに、地面に付いた手を握り締めただけで、地面が抉るように穿たれた。
「……キャッスル?」
「へえ、なるほど……そう言うことか」
 カツヤは、静かな声でそう言った。
 だが、その声音は誰もが凍りつくような、込められた殺気がそれだけで、人を殺せてしまうようなものだった。
「……このオレの背後から斬りかかり、あのブツを奪ったヤツが誰なのか……ずっとずっと捜してたってのに……あの野郎だったのか!!」

 あの時、レッドアイズが警戒の声を上げなければ、自分は確実に絶命していた。
 咄嗟に、致命傷を避けられたのは、そのためである。

「キャッスル?」
「……けっ! てめえの本当の仇は、そのルーディスって訳だよ」
「何を……!? ルーディスは、父の遺品と報酬を届けてくれた。そんな訳がない!」
「……どっち信じるかは手前次第だ。あくまでオレを仇と思うならそれも良い。……確かに、オレはピンチのユセを残して、その場を離れた。必要だったとは言え……ユセを見捨てる結果になった」
 カツヤはそう言って、腰に下げていた水筒を取り上げ一口飲むと、ユーリに差し出した。
「喉、渇いてねえか?」
「……自分のがある」
「そうか」
 あっさりと、差し出した水筒を下げて、カツヤは視線を館の方に向けた。
「……キャッスル」
「何だよ?」
「……あんたが……ルーディスを……父の仇と思う理由……何なんだ?」
「そうだな……これが無事に済んだら教えてやんよ」

 結局。
 それ以上何も聞けなくなって、ユーリはただ、視線を彷徨わせることしか出来なかった。








    ☆   ☆   ☆

「……ったく、虚仮脅しもイイトコだね」
 リョーマは剣を鞘に収めながら、溜息混じりに言った。
「全くだな……。キメラに全てを注ぎ込むあまり、他には気が回らないんではないか?」
 同意するセトに、チラッと視線を向けて、
「でも……これで、道が出来たね」
「そうだな……」
 呟いて、行き止まりだった筈の壁が両側に、開いて通路を作り出している現状に、セトはただ、眉を顰めた。
「……」
「行かないの?」
 リョーマの問いかけにも無言で、セトは懐からコインを取り出した。
 それを親指で弾き飛ばし、床に落ちた瞬間。
 床が抜けて空間が生まれたのである。
「つくづく姑息だな」
 呆れ返った様子で、セトが言い、どうしたものかと考え込んだ。
「ねえ、肩車して」
「は?」
「……良いから、少し屈んでよ」
 そう言って、リョーマはセトの腕を引き、強引にその肩の上に乗り上がった。
「サウス?」
「この上、通れるよ」
 壁と天井の間に、1メートルほどの空間があり、壁の幅はそれなりにあって、這って行けば行けないことはない。
「もしかしたら、向こうにこの罠の解除スイッチがあるかも知れない」
 言うなり、リョーマは壁の上に上がって、向こう側へと這い始めた。
 向こう側に到着して、リョーマは、壁のあっちこっちを調べながら、スイッチの隠された場所を見つけ出して、ボタンを押した。
 落ちた床がせり上がって来て、セトは目を細めた。
 ボタンを押しっぱなしで、リョーマはこちらに来るようにセトに向かって言った。
 頷きつつ、セトは歩き出して、リョーマの隣まで来て、その向こうに視線を向けた。
 リョーマもボタンから手を離し、自分たちの進行方向に目を向ける。


 更なる奥に見える一つの扉。
 そこに向かって二人は並んで歩き出した。









      ☆   ☆   ☆

「遅いな……」
「そうか? 時間もかかんだろう? どうせ、真っ直ぐに魔法士がいる場所に行ける訳がねえんだ」
「……どう言う意味だ?」
「それなりのトラップがあんだろうってことだ。まあ、倒すこと自体はそう難しくはねえと思うが……」
「……何故そう思う?」
「魔力の高さと、攻撃力の高さはそう比例しない。違うか?」
「確かに……。実戦に不慣れなら、たとえ魔力が高くても魔法を使いこなすことは出来ない」
「そう言うこと。研究とその成果には確かに、目を見張るものがあるだろうが。こと実戦になれば、子飼いのモンスターか、何かを使うしかないだろうが……それもたかが知れている。サウスの実力は知らないが、セトの腕だけは確かだからな。問題は……」

 今は姿の見えないキメラを思い描いて、カツヤは考え込む。
 キメラが魔法士の呪縛から解かれて、糸が切れた存在になるのか、それとも……。
 手が付けられないほどの暴走を見せるのか。

 今の段階では判断が付かないことが気がかりだった。


「あ……」
 ユーリの声が聞こえたと同時に、カツヤは立ち上がって、駆け出していた。
 剣の鞘についたベルトを肩に袈裟懸けにかけて、いつも通り背中に背負う。
「早く来い! ユーリ」
「……っ!」
 呼び捨てにされて、ユーリは複雑な表情を見せて、その後に従った。
 館の窓から……合図である発煙筒の、色のついた煙が見えたのである。

「魔法士を倒せば、キメラをどうこうする必要はないんじゃないか?」
 ユーリの問いかけに、カツヤは少しだけ眉根を寄せた。
「確かにな。だが、キメラを作製することが、既に違法行為だ。だから、キメラを放置しとく訳にはいかねえんだよ」
「……そんなものか?」
「ああ。そんなもんだ。でも……」
 そこでカツヤは言葉を切った。
「……来るぞ!」
 カツヤの声と、ほぼ同時に、キメラは上空から舞い降りて来た。
 咆哮と共に、キメラの周りに風が生まれる。
 その風が刃となって、カツヤとユーリ目掛けて吹きつけて来た。

『宵闇衝・壁』

 ユーリの発動させた魔法で、その攻撃を弾き飛ばした。
 その次の瞬間、カツヤが剣を振り抜いて炎を迸らせ、キメラが炎に包まれる。
 だが、大したダメージを受けたようにも見えずに、カツヤは舌打ちを漏らした。
『宵闇衝・撃』
 ユーリの周りの生まれた黒い影が、幾本もの筋になり、キメラに向かって降り注ぐ。
 攻撃を受けた瞬間、ぐらつきバランスを崩したものの、やはり、致命傷にはなっていない。
「……埒があかないな」
「剣の攻撃が通じねえのが痛てえな」
 ユーリの呟きに、カツヤが答え、チラッと視線を、館の方に向けた。
「あ……」
「どうした?」
「結界が……解かれた……」
「森の結界か? ってことは……」
 キメラを援軍に呼ぶことが出来ず、魔法士はセトたちに倒されたらしい。
 カツヤはキメラに視線を戻して、ハッとした。
「ユーリ」
「……っ!?」
 カツヤの声に、ユーリは目を瞠った。
 魔法士が倒された結果なのか。
 キメラは、その動きを止めていた。
「……これで、終わった……ってことか?」
 ユーリがホッとしたように呟いた瞬間。
 カツヤがその前に立って、剣を地面に突き刺した。
「……っな?」
「火炎・円」
 剣に炎が走り、カツヤたちの周りを囲うように炎が、広がった。
 そこに、キメラが前も見えないかのように、突っ込んで来たのである。

 咄嗟に、両側に飛び退き、暴走するように、走り出したキメラに、カツヤは舌打ちを漏らした。
「……くそっ! こっちかよ」
「どう言うことだ?」
 ユーリの問いかけに、カツヤは眉を顰めて言った。
「……お前、魔法士だろ? 判んねえのか?」
「あいにく、キメラは作ったことも作ろうと思ったこともないんでね」
「……オレも作ったことはねーんだけど。話に聞いた限りじゃ、キメラってのは、魔法士の魔力で作られたものだ。だから、魔法士の命令に従うものなんだが……その魔法士が倒された場合、キメラが取ることの出来る行動は、二つに限られる」
「……木偶になるか、それとも……暴走するか、か?」
「ああ。で……結果は後者だ!」
 カツヤは、暴走して森の中へと入って行くキメラを追って駆け出した。
 言いながら、カツヤは背中の剣を抜き放ち、炎を解放する。
「火炎・爆」
 炎の奔流がキメラに向かって放たれて、一瞬だけ、足が止まった。
 だが、直ぐにキメラは、その炎の中を前に向かって走り出した。
『宵闇衝!!』
 すかさず、ユーリの闇の魔法が発動する。
 黒い影が、キメラに向かって伸び、包み込むように拡がった。
 だが、直ぐに弾かれて、さらにキメラは直進を続ける。
「どうなってるんだ?」
「ちっ! 痛覚が鈍ってるか? どうせ、人工的に作られた魔力の結晶。元を断たれて、どこかがいかれちまったってのもあんだろうが……」
 痛みに気付かず、走り続け、そうして、森の木々さえも意に介さずに薙ぎ倒すさまは、さすがに背筋に悪寒が走るほどだった。
「追うぞ!」
「……ああ」

 言いながら、カツヤは上空を仰ぎ見た。
 いつも側にある、存在が、今ここにはない……。
 喚べば直ぐに来るだろう。
 自分の声と、その存在の『絆』が奇跡を生むから……。
 だが……。

(――まだ、呼べない。まだ、オレの出来る全てをやってねえ)
 怪訝そうに自分を見つめるユーリの視線に気付き、カツヤは慌てて駆け出した。







「ヤバイな」
 キメラの行く方向は、エージたちが野営しているはずだ。
 もっとも、森を覆っていた結界が解けたことに勘付けば、移動していることも有りえる。
 だが、どちらにしても、この方向に、行かれるのはあまり、嬉しいことではない。

「……オレが前に回り込む」
「いや、お前はこっちに居ろ。オレが行く」
「でも、魔法壁を作れるのは……」
「オレにはこれがある。障壁ぐれえなら何とかなる」
 そう言って、カツヤはスピードを上げた。
 倒れた木々のせいで、走り難いことこの上ない。
 しかも今は夜で、周りが見えないどうしても、スピードは落ちてしまうのだ。
 だが、その木々が行く手を阻むかのように、キメラの周りに枝を伸ばし始めた。

「……こいつぁ……」
 カツヤは数時間前に、この枝に襲われた時のことを思い出し、周りを見回した。
「……ユーリ。気配を感じねえか?」
「……気配?」
 カツヤの言葉に、ユーリは少しだけ探るように、周りを見回して、ハッとしたように、目を見開いた。
 あの時は気付かなかった。
 気付けなかった……。
 この気配……この存在に――

「……水の精霊、ウンディーネ……!」
 ユーリ自身も契約している、闇属性の精霊の一つである。
「元々、この森に棲みついて簡単な迷路に仕立て上げていた張本人だな」
 だが、その精霊の力を持って、捕らえたキメラが、堪りに堪った力を暴発させるように、咆哮した。

 まるで空気が振動するような感覚を覚え、その振動が樹の枝を切り裂いて行く。
 そうして、初めて敵を認識したように、キメラはカツヤに向かって飛び掛って来たのである。

「火炎・円」
 地面に剣を付きたて、炎を発動させようとして、ハッとした。
 その一瞬の逡巡の間に、キメラの前足の爪が、カツヤの肩先を掠めて、引っかいた。
 それだけ、たったそれだけで、鮮血が舞い散る。
「……! 何、やってるんだ?」
「悪い、ドジった……」
 痛みに息が止まりそうになる。
 大きく喘いで、カツヤは酸素を取り入れ、キメラの次の攻撃を避けることに成功した。

「一体、何を迷った?」
「……ここに居るのは、水の精霊だ」
「……っ!」
「それに気がついたってのに、まさか、炎の魔法をガンガンかける訳にはいかねえだろうが」
 せめて、光か風であれば、影響は少ない。
 だが、もろに反属性の炎の魔法剣を使っていれば、精霊はその力を疲弊させてしまうかもしれない。
「……」
「アイツを森の外に出す。協力してくれ」
「……でも、どうやって?」
「……水の精霊にコンタクト取れるか? 出口までの最短の距離を作って貰うんだ」
「! そうか。森の木を使って迷路を作っていたのなら」
「ああ。距離を最短にして、出口に到達させることも可能な筈だ」

 カツヤの言葉に、ユーリは頷いて、水の魔法珠に手を触れた。
 同時に魔法珠が、水色の光を放出させて、拡がった。

<私を呼んだのは、あなたなの?>

 聞こえた声に、ユーリは視線を向ける。
 カツヤは、もちろん、精霊を見ることも感じることも声を聞くことも出来ない。
 ユーリの雰囲気だけでそれを察した。
「……この森から、あのキメラとオレたちを、早急に出させて欲しい。出来るか?」
<……そうね>
 ウンディーネは、暫く考え込むように俯いていたが、不意にカツヤに視線を向けて頷いた。
<彼の怪我に免じて言うことを聞いてあげるわ>
「え?」
<水の精霊
-わたし-が居ると気付いたから攻撃を手控えたのでしょう? なら私にも責任はあるし>
 そう言って、苦笑浮かべた。
<最初に私が攻撃を仕掛けたのに、その私に気を使うなんて、さすが【ドラゴンマスター】なだけあるわね>
「……え?」

 意味深な科白を吐いて、ウンディーネは、目を閉じた。

<……出来たわよ。あの方向に行きなさい。ものの数秒で外に出られるわ>
 ウンディーネの指し示す方向を見て、ユーリは頷いた。
『流水衝・穿』
 ユーリの周りに生まれた水が、まるで槍の穂先のように、鋭く尖ってキメラの翼を貫いた。
「ユーリ?」
「あっちに行けば外に出られる」
「よっしゃ!」
 カツヤが先に立って駆け出し、キメラの背後に回ったユーリが、さらに魔法を放った。
 ほんの数歩、草を掻き分けただけで、森の外に出てしまって、カツヤは自分が考えたこととは言え、思わず感嘆してしまった。
「行くぞ!!」
 ユーリの注意を促す声に、カツヤは身構えて、集中する。
『火炎・爆』
 剣から放出された炎が、飛び出して来たキメラを包み込んで燃え上がり爆発した。
 追い討ちをかけるように、ユーリの魔法が発動する。
『宵闇衝・壊』
 炎に包まれていたキメラが、闇に包まれ悲鳴とも咆哮とも区別のつかない声を上げた。


 だが、炎に包まれたまま、さらにユーリに向かって飛び掛ろうとする、キメラにカツヤは愕然と剣を握り締めた。
「……ヤバイな」
 小さく呟いた声がユーリに聞こえたのかどうかは、判らない。
 だが、一瞬だけ、ユーリがこちらを見た。


 自分を父の敵と思い込んでいる、カツヤに取っては、命の恩人の息子。
 ここで、死なせる訳には行かないのだ。
 何があっても、どんなことをしても……。

「ちぇ……本当は、こんな形で教えたくはなかったんだけどな」

 小さく呟いて、カツヤは剣を持つ手に力を込める。
 ただ、状況的には、どうしようもないことがあるのだと。
 それだけを知って欲しかっただけだ。
 仲間を見捨てた訳じゃない。
 見殺しにはしたくなかった。
 それでも……仕事である以上、依頼されたものを届けることが、最優先だと……。

(だからって割り切れるもんでもねえんだよ、ユセ)

 キメラに引っ掛かれた傷口からはまだ血が滴っている。
 激痛と出血のせいで、ふらつく自分を叱咤しながら、ユーリは何とか防戦一方になりながらも、キメラの攻撃を受け止めていた。

「ユーリ……逃げろ」
「え?」
「……そこまで魔法を連発したら、キツイんじゃねえのか?」
「……っ!」
「オレも後一回が限界だ。怪我しちまったからな……。集中力がねえ……」
「で、でも……」
「悪い。お前に、敵討はさせてやんねえかも……」
「……え?」
「きっと、エージたちも森を出ている筈だ。捜せば見つかる……。だから、お前は逃げるんだ」
「……なんで? そりゃ、あんたはオレの仲間じゃない。友達でもない……だけど……」

 ここまで協力して一緒に戦ってきた相手を、見捨てるようなことは出来ない。
 したくない……!
 キメラの繰り出す衝撃波を、闇の壁で防ぎながら、ユーリはカツヤを見た。

「……お前は死ぬな、お前は生き続けろ……」
「……っ!」
「仕事優先とか色々言ってたけど、ユセが本当に言いたかったのは、それだと思ってる。オレを死なせたくないって思ってくれた……。オレは、仕事を完遂させることを考えてると、思ってたけど。それを口実にオレを逃がしてくれたんだ。ユセは……」
「……ヤ…だ……。こんなのは……逃げるなら、君も……」
 ユーリの言葉に、カツヤは首を振った。

「今更、また、追っかけっこする体力ねえよ。……ユーリ。――ユセに助けられたこの命を、息子のお前に返す。だから、お前は逃げるんだ」
「……こんなの、嫌だ……!」
 知らず、涙を流しながら、ユーリは言っていた。
「君が、オレは知るべきだって言うのは、こう言うことだったのか? オレに、君と同じ思いをさせるために、オレを連れて来たのか!?」
 叫んだところで、張っていた闇の壁が消えた。
 その瞬間、カツヤは、キメラに向かって駆け出していた。
 キメラが、少しだけ後退し、間合いを取って、嘴をカツヤ目掛けて突き出した。
 寸前でそれを躱し、カツヤは身を沈めて、懐へと入り込む。
「走れ! ユーリ!」
 そう叫んで、カツヤはキメラの首筋から剣を突き立てた。

「……あ……」
「早く、行け……!」
「……で、でも……」
「ここで二人とも死ぬより、お前だけでも生き残る方が良い。だから、行くんだ」


 想像以上に自分が子供だったと自覚する。
 一人で旅を始めてリョーマに出会って、 でも、本当に本当に肝心なことは何一つ判っていなかった。

 本来知らない相手だった。
 ただ偶然会っただけで、なのに、今……心が壊れそうなほど、痛くて堪らない。
 涙がとめどなく流れて自分の無力さを思い知る。


 彼も……あの時にこんな想いを味わったのだ。



 ユーリは、後退った。
 この状態では、魔法を放っても、カツヤを巻き込んでしまう。




 仇だと思っていた。
 いつか、出会うことがあれば、必ずその命で償わせてやると思っていた。

 なのに……。







 何かしたくても出来ない。


「もう……これ以上は無理だ。だから、早く離れろ!!」
 今、自分が出来ることは、ただ、逃げることだけ?
 ユーリは踵を返して、駆け出した。
 自分のために、命をかけて戦っている人を残して、逃げることしか、出来ないのか?











 立ち止まって振り返る。
 炎が……紅く紅く立ち昇った。

「カツヤーーーー!!」
 初めて、彼の名を呼んだのが、こんな時だったと、ユーリは愕然とその場に、立ち尽くしていた。


<続く>



キメラの暴走が旨く書けなかった。
要精進(−−;)