Trouble☆Maker
Act.2 紋章とモンスター

 降り出した雨と、盛大に鳴り響く雷に、オレは多少、うんざりしながら、マンションへの道を急いでいた。
 地面に打ち付ける雨と、溜まった水が泥を跳ね上げ、靴とズボンの裾が汚れる。
 夕立と言うには、些か時間が遅すぎるが、まさしく、そんな感じに雨は容赦なく降り注ぎ、雷は夜空で鳴り響いている。

 もう少しでマンションに着くと言うところで、それは今まで以上の、光と瞬時に音を齎した。

 その瞬間、外灯や家の明かりが全て消え、辺りが真の闇に包まれた。
 オレは、足を止めて、踏み出すことを躊躇する。
 闇は……。
 何も見えない闇は……。

 辛い記憶を呼び覚ます……。
 もちろん、当時の記憶が、明確にオレの中にある訳じゃない。
 だけど――


 一人きりで闇に閉ざされた空間の中……。
 それこそ、気が遠くなりそうなほどの長い時間。
 ただ、孤独で……。


 考えながら慌てて思考を停止した。
 今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 時々、台風とかが来て、停電になったりしたことを思い出し、これも直ぐに復旧するだろうと、オレはその場から動かずにいた。



 夜の……雨を打つ音。
 雷が、まだ鳴り響く中で――
 聞こえて来たのは……。
 あまりに聞きなれない物音。

 ビリッと額が疼いた。
 何もしていないのに、眼の紋様が浮き出したのが判って戦慄する。
 言いようのない不安と恐怖を感じて、オレは後退った。


 同時に――何かが倒れ込んで来た。
 目の前に……動物のような……でも、どこか違うような……。
 青い……炎に包まれているような……それは。
 まるで、モンスターのように見えて、オレは目を見開いた。

「これで、最後だ」
 呟く声が聞こえた。
 誰かが、闇の向こうにいた。
 同時に、周りに明かりが戻る。

 街灯に照らし出されたそれは、青い翼を持った……竜のような……やっぱりモンスターだな、と認識して。
 それから、少し離れた場所に聞こえた、水を跳ねる音。
 オレとそれほど歳の違わない少年がそこにいた。
 変わった服装をしていたけど、その手に黒い長い棒を持っていて、茶色の手袋に包まれた右手を高々と上げた。

 ふと、その少年がオレに視線を向けて来た。
 紅い瞳がオレを見つめ、首を横に振る。
 『動くな』と言いたいらしい。

 オレは、首を縦に動かすことで、了承を伝える。

『黒い影』


 何かを呟いた。
 同時に、モンスターの回りから黒い影がドーム上に広がって行く。
 そうして、不意に、その影が消え去った。

「……え?」
 影が消えると、そこにいたモンスターも消えていて、オレは目を丸くする。
「……ふぅ」
 小さく息を吐くのが聞こえて、オレは視線をそちらに向ける。
 オレの中に残る魔力が、この力に反応したことに気付き、多分に怪訝な目付きになっていたと思う。

 だって、そうだろう?
 この世界にはもう、魔力を持った人間なんて居やしない。
 千年アイテムに選ばれた者なら、別だが、そうじゃないなら……魔力などある訳がない。

 だけど、相手の少年は、もう一度オレに視線を向けて、ニッコリ笑って見せた。
「ごめん、ビックリさせたね」
「……いや……まあ、確かに驚いたが……」
 その邪気のない笑みに、オレは返って面食らってしまった。
「――あれ?」
 その時になって、少年は空を仰いだ。
「雨? いつの間に……」
 そう呟いて、周りを見回す。
「……あれ? フリック? ビクトール? ヴァン? ナナミちゃん? ジョウイ?」
 誰かを呼んでいるようだが、それが誰なのか、オレに判る訳もなく、ただ、その少年をじっと見つめていた。
 自分の知り合いが一人もいないことを、認識したのか、少年は肩を竦めて溜息をついた。

「……ここは、どこですか?」
「え? あ、童実野町だが……?」
「ドミノ? 聞いたことないな……。それにこの町並みも……」
 もう一度、大きく溜息をついた。
 そうして、いきなり水溜りの中に座り込む。
 慌てて、駆け寄ると、水溜りに血が滲んで拡がった。
「怪我、してるのか?」
「ああ、少し……でも、大したことは……」
「でも、そんなところに、座り込んだら、余計に悪いだろう?」
 そう言って、オレは少年の腕を掴んで自分の肩に回した。
 少年の方が背が高かったから、少し、バランスが悪くなる。
 それでも何とか立ち上がって、ここから、もう少しだったマンションに向かって歩き出した。

「……ごめん。迷惑かけちゃって」
「別に……。困ってる人は助けるもんだって……克也や相棒が良く言ってるから」
 少年の言葉にそう答えると、少年は一度、目を丸くしてオレを見つめて、次に苦笑を浮かべた。
「……そう……そうだね」
 小さく答えて来る少年に、オレは軽く息をついた。
 マンションに克也がいれば良いと思いながら、何とか辿り着く。
 エレベーターに乗って、部屋のある階に到着すると、ポケットから鍵を取り出して、部屋へと向かった。




 ここに来るまで、少年は何も話さなかった。
 オレも、何も聞かなかった。
 当然、ずっと沈黙が流れる訳で、それが気まずくない訳じゃない。


 部屋の鍵を開けて、中に入って、そこで克也がいないことに気がついた。
 克也がいれば部屋の鍵はともかく、明かりが点いていない訳がない。


 玄関口に、少年を座らせて、オレは先に部屋の中に入った。
 洗面所でタオルを取り出して、玄関先で雫を垂らしている、少年に渡す。
 それを受け取った少年は、「ありがとう」と、言って頭に巻いていたバンダナを外して、代わりにタオルを被った。

 夏でもあるし、取り立てて、体が冷えたことを気にする必要はなさそうだが、怪我を手当てしなければと、持って来た救急箱を開けた。
 そうして、少年の前にかがんで足に手を添えると、少年は少しだけ、身を引いて、苦笑しながら言った。
「ああ、もう大丈夫だから」
「え?」
 その言葉に、足を確認すると、暗がりでも見えた傷がなくなっていた。
 左手をひらひらとさせながら、少年が呟いた。
「『水の紋章』……つけてたんで。治しちゃったよ」
「紋章?」
「……ああ、そうか。ここには、紋章とかないんだね?」
「聞いたことないな。ここまで綺麗に傷が治るなんてのは……」
「そうなんだ……。じゃあ、色々気をつけないといけないね」
 少年はあっさり言って、苦笑を浮かべた。
 何とも、不思議な印象を受ける少年に(あまりに人のことを言えた義理ではないが)オレは、戸惑いながらも、彼の濡れた服に目が行った。
「――あ、そうだ。服……」
「え?」
「……その、服も濡れてるだろう? オレの……じゃ小さいかな……。克也の服でも持って来る」
「……あ、ありがとう」

 優しく微笑を浮かべて少年が言う。
 どこか、儚げな印象を受けて、オレは視線を逸らした。

 さっき、モンスターを倒した時の印象とはまるで違う。
 あの時は、もっと堂々していて、強い印象を持った。
 だが、今はその片鱗さえ窺えない。


 ――そう言えば、あのモンスターは……一体、なんなんだ?
 あれは、『M&W』のモンスターじゃなかった。
 だから、『M&W』のカードモンスターが実体化した訳じゃない。
 それに――
 その時に、あの少年が使った方法も、『紋章』とかが関係しているんだろうか?




 クローゼットの中から、克也のTシャツとジーンズを取り出して玄関に戻った。
「これに着替えてくれ。少し、大きいかも知れないけど。オレのだと、多分小さいと思うから」
「……ありがと。あ、そう言えば……」
「何だ?」
「君をなんて呼べばいいのかな?」
「ああ、オレは……遊裏。武藤遊裏だ」
「ユーリ? 僕は……ユーアス。ユーアス=マクドール。よろしく」
「ああ、よろしく」
 ニッコリ笑って、服を着替え始める。
 ハッとして、オレは慌てて少年――ユーアスの腕を引いて、部屋の中に上げて、洗面所に押し込んだ。




 ――幾らなんでも、玄関先で着替えてるところに、克也が入って来たら――
 考えるだけで怖い気がする。



 洗面所のドアを閉めて、大きく息を吐き、リビングに向かってコーヒーでも淹れようかと、考えながら、そこで、電話の留守電の光が点いていることに気がついて、オレはボタンを押した。




 克也から、緊急事態が起こって、行けなくなったと。
 それだけのメッセージが入っていた。



 だから、克也の身に何が起こったのか。
 その時のオレは、まだ何も知らずにいた――


<続く>




◆TOP◆ ◆Back◆ ◆NEXT◆


実を言うと……坊っちゃんの性格がイマイチ、決まっていません。でも、今の所、普段はボーッとした感じでほややんって感じだと(←意味不明)戦闘の時はきりっとします! それこそ、マジに『死神』ってくらいには!(笑)