2.リョーマの頼み

 その電話を受けたのは、前日11月22日のことだった。

「もしもし、城之内ッスけど?」
『……カツヤ? オレ、リョーマだけど……』
「……何だよ? 珍しいじゃねえかよ。お前が電話なんてよ?」
 少しだけぶっきらぼうな声で電話に出た克也だが、相手がリョーマと判ると、直ぐに声音を親しいものに替えて言った。
『ビックリした。何か、機嫌悪かったの?』
「別に……電話に出るときは、オレこんなもんだぜ? そう言えば、前に英二からかかって来たときも、アイツ、んなこと言ってたな」
 二ヶ月ほど前のことを思い出して克也は苦笑しながら続けた。
「で? 何か用があるんじゃねえのか?」
『……う、うん。あのね、明日暇?』
「明日は、バイト先は臨時定休日で休みは休みだけど?」
『じゃあ、明日から、木曜日まで家で泊まらない?』
「はい?」
 あまりに突拍子のないことを、口にされて、克也は思い切り目を丸くした。
『えと、あの……本当は、オレがカツヤのとこに泊まりに行こうと思ったんだけど。……クソ親父が、どうしてもダメだって煩くて……。そんなんだったら、そいつを家に呼べとか無茶苦茶言い出して……』
 何だか、らしくなく申し訳なさそうに言うリョーマに、克也は次には吹き出していた。
「何か、事情ありそうだな! でも、まあ、そう言うことなら、別に良いぜ! ――でも、何がしたいんだ?」
『……あの、木曜日……誕生日なんだけど……』
 誰のとははっきり口にしなかったが、克也は目を細めて、それ以上聞かずに頷いた。
「OK。んじゃ、明日……何時ごろに行けば良い?」
『えと、3時には部活が終わる筈だから……3時半に駅で待ち合わせ。良い?』
「OKOK」
 克也は頷き、目の前のカレンダーの23日に『リョーマと約束・PM3:30』と書いて、二言三言、話をして受話器を置いた。




 二時間ほどして。
 玄関のドアが開き、足音が聞こえて、克也はリビングのドアを開けた。
「よう、お帰り」
「ただいま。……まだ、寝てなかったのか?」
「ああ、オレは明日バイト休みだからな」
「ああ、そうか。……済まない、オレはバイトを休めそうになくて……」
「気にすんなよ」
 そう言って、克也は遊裏をソファへと促して、そのままキッチンに向かう。
「ココアで良いか?」
「ああ……克也? 何だ……あの荷物……。どこかに行くのか?」
 小さめのボストンバッグに、遊裏が目を丸くしていると、克也はニッコリ笑って、あっけらかんと言った。
「ちっと、小旅行って奴? 木曜まで行って来るな」
「はあ? 木曜日って……6日も、一人で?」
「……明日、出なきゃ行けねえからな……お前、バイト夕方までだろ?」
「……」
 明らかに、普段のポーカーフェイスが崩れて、むすっとしている遊裏に克也はクスクスと笑う。
「学校はどうするんだ? 休むのか?」
「そうなんだよな〜まあ、オレ出席だけは取ってるし。出席日数足りなくなることは先ずねえしな」
「……6日も……くても平気なんだな?」
「は?」
「何でもない!!」
 ソファに座り込んで膝を抱え込み、テーブルに出されたココアに気付きもせずに、ふて腐れている。
 克也はどこか笑いを堪えたまま、隣に座った。
「なあ……」
「…………何だ?」
「怒ってんの?」
「別に!」
「……………行き先……」
「知らないな。勝手に何処でも行けば良い!」
「……本当に?」
「…………」
「この6日……全然連絡取れなくなっても良いのか?」
「……………君が!」
「オレは……嫌だな」
「!」
 遊裏が自分を見返った瞬間、克也は自分の唇を重ねていた。
 遊裏の方は暫く茫然としたようにされるがままだったが、暫くして、克也の胸を軽く叩いた。
「君は! 何を……」
「リョーマの家」
「は?」
「リョーマの家に泊まるんだ。何か木曜日が誕生日らしくてな」
「……英二の?」
「そうそう。多分……お前がオレにしてくれたのと……似たようなことなんだろうな」
「……オレも行ったらダメか?」
「当日はOKだと思うけど……。まあ、聞いてみるさ。どっちにしても夜には電話すっから」
「……………ああ。でも」
「ん?」
「君は時々意地悪だよな!」
「昔の仕返し……って冗談だって罰ゲームは止めろ! 遊裏!!」



 一頻り騒いだ後――


 二人は寝室へと向かい、部屋の灯りも直ぐに消されたのである――





To becontinued……