3.父と克也と

「どうぞ……」
 部活が少しだけ3時過ぎまでなだれ込み、駅に着いたのは、4時前だった。
 それでも、克也は怒ってはなくて、自分の姿を見たら、手を上げて笑ってくれて――
 それから、簡単に事情を話すと、「やっぱりな」と呟いて、ニッコリ笑った。

「んじゃ、買い物して帰ろうぜ?」
 そう言った克也の言葉に従って、駅前のスーパーに寄った。

 滅多にスーパーなどには来ないリョーマは、広くて綺麗な店内と、流れるクラシックの音楽に、思わずキョロキョロしてしまう。
 そんなリョーマに克也は笑いながら、色々と買い物をして、結構な荷物を持って出た。





「誰もいねえの?」
「……母さんは、仕事で出張。一緒に暮らしてる従姉の菜々子さんは、大学の研修旅行とか何とかで来週の金曜日まで留守なんだ」
 そう言って、2階へと克也を促し、自分の部屋のドアを開ける。
「もしかして、いつもここで泊まってんの、英二じゃねえの?」
「そうだけど?」
 克也の問いに、キョトンと答えると、克也は苦笑しながら、自分のボストンバッグを絨毯の上に置きながら言う。

「オレが泊まって良いのか?」
「別の部屋が良い? 一応、隣とか空いてるけど?」
「……うーん。なあ、遊裏も呼んじゃダメか?」
「……………」
 克也の言葉に、リョーマは目を丸くして、暫し沈黙した後、肩を竦めて苦笑した。

「ホント、カツヤって、ユーリのことしか頭にないんだね?」
「そうかぁ? いや、ダメなら良いんだけどな」
「じゃあ、ダメ……」
 一瞬、克也の表情が変わった。
 ちょっと辛そうな、悲しそうな表情をして……。
 でも、本当に一瞬で、ともすれば見逃す程度の……変化だった。
 目ざとく気付いたリョーマは、肩を竦めて、ぶっきらぼうに言った。

「ウソだよ。呼びたきゃ呼んで良いよ」
 そう言って、リョーマは学ランを脱ぎ捨てて、ラフな格好に着替え始めた。
「……コノヤロ……」
 克也は、少しだけこめかみを引きつらせつつ、上着を脱いで部屋を出ようとした。
「あれ? どこ行くの?」
「食材。玄関に放りっ放しだから……。ああ、そうか。勝手にキッチンに入る訳にもいかねえな」
「別に良いよ。どうせ、オレ適当に冷蔵庫とかに突っ込んじゃうだろうし」
「……んじゃ、勝手にやらせてもらうな?」
 そう言って、克也はそのまま階下へ戻ろうとした。
 だが、リョーマは、そんな克也の服の裾を掴んで、再度、引き止めた。

「何だよ?」
「下で変なオヤジに会っても無視してね?」
「は?」
「……今は、寺の方に行ってるみたいだけど、その内帰って来ると思うから……」
「……はあ?」
 リョーマの言い様に、暫し茫然と見つめた後、克也は心底から楽しそうに笑い出した。
「ま、適当にな。大人との付き合いってのは、それなりに心得てっから」
 豪快に笑って、克也は階下へと降りて行く。
 そんな克也を見て、リョーマは少しだけホッとしつつ、これから、どうやって英二を誤魔化そうかと、ベッドに腰掛けて思案していた。



 と、不意に下から父親の怒鳴り声と、ドタンバタンと言う音に、リョーマはあっと言う間に思考を現実に引き戻し、階下へと駆け下りた。





「カツヤ! 親父!?」
 自分の父親よりも克也を呼ぶ辺り、リョーマの信頼度が如実に出ているのだろうが……。
「カツヤ? コイツが?」
「……親父ってコイツのことなのか?」
 キッチンに繋がる廊下で、南次郎の右肩を掴んで、組み伏せている克也に、リョーマは暫し茫然とした後、大爆笑した。





「いやあ、珍しいもんがみれたぜ、兄ちゃん」
「はあ……」
 豪快に笑いながら、南次郎は克也の背中を叩いて、まだ、肩を揺すっているリョーマに、視線を向ける。
「何が悪かったのか、父親に似ねえ、無愛想でよ? コイツがあんだけ笑ったの見たのは、実際初めてかもしんねえ」
「……そんなに可笑しいことだったのか?」
 問い掛けて来る克也に、リョーマはまだ、笑いを残した様子で、目尻を拭いながら、
「やっぱり、カツヤは強いなって思って……それで、親父は偉そうなこと言いながらも、大したことないなって……」
「うるせえな! 早々、負ける気はねえけど、今回はちっと不覚を取っちまっただけだ」
 思いのほか、ざっくばらんで砕けた印象の南次郎に、克也は本気で目を丸くして、次には苦笑を漏らしていた。


「カツヤ?」
「いや、仲良いと思ってな」
「……!!」
「! そうだろ? いいこと言うね〜兄ちゃん!」
「やめろ! 鬱陶しい!!」
 南次郎に抱きつかれて、喚くリョーマに今度は克也が声を上げて笑い出し、そうして、暫くそのまま、団欒のような時間を過ごした。






「さあて、リョーマ!」
「何?」
「飯、作るぞ!」
「え?」
「憶えたいんだろ? それには、先ず、調理に慣れた方が良いからな! 一緒に作ろう」
「……判った」
 克也の言葉に、リョーマも頷き、並んで台所に入って行く。


「でもよ、何でオレだったんだ?」
「……だって他に料理教えてくれそうな人いなかったし……。――でも、前日になったのは、母さんと菜々子さんの予定を知ったのがその日だったから。ホントは、菜々子さんにでも習おうと思ってたんだ……」
 流しで手を洗いながら、克也が聞いて来るからそう答えると、

「ああ、それで、オレになった訳だ?」
「うん……いきなりだったから、迷惑だった?」
「だったら来てねえよ。バイトも水曜まで早番、木曜は休みを貰ったから……。学校はサボっちまうけどな」
 苦笑を浮かべて、克也は言い、さあ、始めるぞと、大根を取り上げた。
 リョーマは、持ちなれない包丁や鍋を前にして、ぎこちなく頷いたのだった。

to be continued……