第2話 |
一瞬、自分がどこにいるのか、遊裏には判らなかった。 見慣れない天井。 でも、どこか騒がしい周囲。 ゆっくりと目を開けて、起き上がり、部屋の中を見回してみた。 部屋の中にあるのは、あまり高くない木製のタンスと、古びたテーブルに椅子が二つ。 それに、今自分が使っているベッド……。 ふと、ベッドサイドにあったパズルに、ハッとして、遊裏はそれを首にかけた。 ここがどこかは判らない以上、このままい続けることも出来なくて、遊裏はゆっくりとベッドから下り立った。 「あれ? 靴……」 靴はちゃんと脱がされていたのだが、どこにも見当たらない。 「……なくてもいいか」 呟いて、手近にあった窓を開けた。 「どこに行くつもりだ?」 不意にかけられた声に、心臓が驚くほど高鳴った。 「助けて貰って、挨拶も礼もなしに、おさらばしようってのは、本当に礼儀がなってねえんだな?」 「……べ、別に……オレが助けてくれって……頼んだ訳じゃ……」 相手に背を向けたまま、窓に手をかけたまま、苦し紛れに言ってみる。 「へえ、そう言う……言い分がまかり通る場所で生きて来た訳だ? てめえは?」 「……」 嘲るような蔑むような青年の声に、心臓が痛いくらい軋んで悲鳴を上げる。 どうしても―― この声を聞いていたくない。 何故なのか……判らないけど。 この声が……この青年の声は……好きじゃない。 「言っとくが、この【Millennium・Palace】では外の常識は通用しねえ。本来なら、てめえが誰に襲われて、どうなろうが、オレには全く関係ねえんだ」 「じゃ、あ……助けることなんか……なかっ…」 どこまでも、意地を張っているのか。 遊裏は相手の神経を逆撫でするような言葉を漏らした。 何故、ここまで強硬な態度を取るんだろうか? 自分でも、それが判らない。 理由が判らずに、でも……何かが怖くて堪らないのだ。 背中に気配を感じた、振り返ろうとする、その寸前で、それを遮られる。 青年の両腕で囲われる形になって、耳元でその【声】が響いた。 「目的があってここに来たんじゃねえのか? その目的を達せず、あんな連中に好きにされて良いって訳だ?」 「……っ!」 耳元で囁かれる声と、かかる息に背筋が粟立った。 その理由が、イマイチ判らず、遊裏はそれを【不快感で悪寒が走った】と捉えて、囲われた腕の中で、身動きした。 「離れ……っ!」 「ゆうぎ……」 「っ!!」 さらに呟かれた声に、遊裏は動きを止めた。 「会いに来たんだろう? 遊戯とどう言う関係だ?」 「……何で? 遊戯を知ってる……のか?」 「まあな。ここいらじゃ有名人でもあるし……名前だけなら誰でも知ってる……」 いい加減離れて喋って欲しいと思いながらも、遊裏は遊戯の存在を知っていると言う青年に対して、慌しく問い掛けた。 「どこにいるんだ? 教えてくれ」 「……教えてくれ? ……それが人に物を聞く態度か? 少年」 「……っ!?」 わざとやってるとしか思えない青年の仕打ちに、遊裏は次第にむかついて来た。 「離れろって言ってるんだ!!」 怒鳴りながら、強引に身を捩って、腕を振り上げた。 その腕が青年に当たる寸前で、青年は遊裏から飛び離れた。 「そんなに怒ることねえじゃん? 遊戯のこと聞きたいんだろう?」 「……っ! 知っているなら、教えて欲しい」 「……本当に人に物を聞く態度じゃねえな? 人に何かを尋ねる時は、それ相応の尋ね方ってのがあんだろう?」 初めて―― 正面から青年の姿を見た。 金色にも見える明るい髪。 端正な顔立ちに、鋭い目。 長身で細身に見えるのに、晒している腕は適度の筋肉がついていて、全体的に精悍なイメージを受けた。 「……改めて、そう、言われると、言いたくない……」 「あっそ。んじゃ、オレも別に、教える義務もねえし、教えねえよ?」 「……っ!」 キッと睨みつけるように見上げると、青年は愉悦を含んだ笑みを見せて、ズボンのポケットから煙草を取り出した。 口に咥えて、煙草の前で左手の親指と人差し指を鳴らす。 「……っ?」 それだけで、煙草から煙が上がり、煙草が小さく赤く燃えていることに、遊裏は目を丸くした。 「まあ、どっちにしても……遊戯に会うのは難しいな」 「……何故だ? ……オレのことを知らせてくれれば! オレが来てることを、遊戯に知らせてくれれば……」 一瞬、気を取られていた遊裏は、ハッとしたように青年の言葉に反応した。 「……だから、先ず、知らせることが容易じゃねえ」 「……え?」 「……ここは【Flame】の領域だ。遊戯は【Radius】の領域にいる」 「ふれいむ? らでぃうすって……何?」 「このMillennium・Palaceを実質……統轄している二大グループって言うのか? 今のとこオレ達【Flame】と【Radius】の間には、不可侵契約が成り立ってる。互いに互いの領域を侵さないってな」 「…………」 「でも、敵対している事実は、今でも変わりゃしねえ。こっちの言い分を向こうがそう易々と信じる訳がねえし、遊戯の身内だなんて言って連絡を取っても、それを証明出来ねえだろう?」 「……」 「特に向こうはそう言う方面にやたら厳しいし……今更、【Radius】の領域に入るのも無理だ」 「……!? どうして?」 「今現在、てめえは、【Flame】幹部の根城にいるからだよ」 「!」 「せいぜい、遊戯暗殺に差し向けられた刺客って捉え方をされるくれえだろうな」 意地悪げに笑みを浮かべる青年に、遊裏はそのまま、床を蹴って殴りかかった。 だが、簡単にその攻撃を受け止めて、そのままベッドの上に放り投げられる。 「貴様が、オレを助けなければ良かったんだ!!」 激しく怒鳴りつける遊裏に、青年は煩そうに眉を顰めながら、 「言っとくがな、この中央は、互いの共有地ってことになってるけど……実質的には、【Radius】の領域でも俺等の領域でもねえってことだ……」 「……」 「だから、そこで何が起こっても、オレ達ももちろん、Radiusの幹部も関知しねえ」 「それが、どうし……」 ベッドの上から起き上がろうとして、同時に問いかけの言葉を発する途中で、遊裏は言葉を止められた。 青年が、自分の直ぐ目の前に迫っていて、間近にその視線を受けて、それ以上の言葉を発することが出来なかった。 ――変だ。 この男の声を聞いて、どうして自分はこんなに竦みあがる? この男の視線がどうして、こんなに気に触る? 体温を……触れてもいないのに感じるような気がする。 不意に。 自分の耳に、熱い吐息がかけられた。 漏れそうになった悲鳴を懸命に堪えて身じろぎする。 「判ってねえな。命がねえって……言ってるんだぜ、少年」 囁くように告げられた声。 眩暈が……する―― 避けようとして、バランスを崩し、遊裏は再度ベッドに倒れ込んだ。 「ち、近付くな……っ!」 両腕で顔を覆って、強く言うと……ベッドが軋んで気配がなくなったことに気付いた。 「……死にたくねえなら、こっから出て行くんじゃねえぞ。――オレか遊戯の承認がなければ、この【Millennium・Palace】から出ることも出来ねえ。ここに来ちまった以上、そう簡単には【Radius】の領域には入れねえ。共有地には、頑としてどちらのグループにも属さずにいる連中が、隙あらばどっちかを潰そうって狙ってもいる……。そいつらには外界から来た人間は、獲物でしかねえ……」 「……」 俯いたまま、何も言い返さずにいると、小さな溜息が聞こえた。 「ま、しょうがねえから、遊戯に連絡取るぐらいのことはしてやる」 「ほ、本当か?」 ハッとして、顔を上げると、青年が煙草を咥えた格好で、自分を見つめている視線に出会った。 慌てて視線を逸らしつつ、聞こえて来る青年の言葉に、キョトンとする。 「……ただし、条件がある」 「条件?」 「……そうだ」 青年は、テーブルの上にあった灰皿に、煙草を押し付けて、ベッドに座っている遊裏の隣に腰掛けた。 反射的に、遊裏は身体を竦ませて身を引いた。 「お前、オレの傍にいろ」 「……は?」 「たとえ、遊戯と連絡がついても、遊戯に会っても……お前はオレの傍で暮らせ」 「……ど、言う……意味だ?」 「クク……どうもこうも……言葉通りの意味以外に、何かあるのか?」 「……オレは……遊戯と……遊戯の側に……違う! 遊戯を連れて、家に帰る……ここに長居をするつもりはない!」 「……遊戯を? はっ!」 クツクツと偲び笑いをしていた青年は、次第に大口を開けて笑い出した。 「な、何が可笑しい?」 「…………………そりゃ、無理だな」 「な、何だと?」 「……遊戯をこのMillennium・Palaceから連れ出すだって? 不可能だぜ、そりゃ……」 「どうして?」 笑い過ぎて目尻にたまった涙を拭いながら、青年はあっけらかんと言ってのけた。 「当然だろ? 遊戯は、【Radius】のリーダーだ。総員、300名を越すグループの頂点に立つ男だぜ? ましてや、あの責任感の強い遊戯が、早々、仲間を見捨てたりするもんか」 「……りーだー……? 遊戯……が?」 唖然とする遊裏に、克也は愉しそうな笑みを浮かべて、 「知ってるか? 人の上に立つ人間は、身内より他人の仲間を取るんだよ……。一番最初に切り捨てるのは……身内の存在だ」 「――っ!!!」 「それが、リーダーの責任って奴でな……」 「まさか……何で……遊戯が、リーダーって……」 頭の中が酷く混乱していた。 何をどうすれば、遊戯がこのMillennium・Palaceのグループにリーダーなんかになれると言うのだ? あんなに優しくて大人しくて、喧嘩や争いごとが嫌いな遊戯が? そんなのは、何かの間違いだ。 「それは…………オレの捜している遊戯じゃない!」 「へえ? そう言いきれるのか?」 「…………」 「何で、オレがてめえが遊戯を捜しに来たって判ったと思ってるんだ?」 「……知らない」 「そっくりだからだよ。てめえのその容姿(なり)が……。違うのは……せいぜい、その目付きくれえか?」 愕然として、遊裏は、ベッドに両手をついた。 小刻みに身体が震え始めるのが判る。 「じゃ、じゃあ、何でオレが……向こうに行けない? 遊戯にソックリだと……向こうでもそれは判ることじゃないか……だったら!!」 「バカか?」 「……なっ?」 「敵対する【Flame】からリーダーそっくりの野郎が来て、どうして、あっさり【リーダーの身内ですね?】なんて受け入れんだよ? 敵の罠って勘ぐる方がありえるぜ?」 「……なんで……?」 「相手の油断を誘って、リーダーに会い、さらに油断しているところ、暗殺……。身内ってのはホント、駒に使いやすいからな。相手の油断も誘いやすい……。だからこそ、警戒を強めるって訳だ」 青年は、不意に立ち上がって戸口に向かった。 「何だ、リョーマ? ノックすればいいだろう?」 ドアを開けて、その外にいた小柄な少年に話し掛ける。 「取り込み中みたいだから、待ってた方が良いって……エージが言ったんだ」 少しぶっきらぼうな少年の声が聞こえて来て、遊裏は軽く目を瞠った。 「ふーん。ま、もういいぜ。――少年……さっきの条件飲むなら、こっちから遊戯に連絡つけてやる。飲まねえなら、その【Millennium・Item】を助け賃として貰って【外界】に還してやるよ」 「……ミレニアム・アイテム?」 「じゃあな」 青年は出て行き、代わりに黒髪の少年がトレーを持って入って来た。 「腹、減ってない?」 「え……?」 「これ、あんたの分。エージの作った飯、美味いよ?」 「……あ、りがと」 「うん。食べてね」 そう言って、部屋を出ようとした少年は、不意に振り返って、首を傾げながら言った。 「……あのね」 「え?」 「……克也、色々と言ってたけど……。ホントはあんたのこと、気に入ってる……んだと思う」 「……え?」 「克也……一人が好きだから……誰かに側にいろなんて……言ったことないし……。うーん、違う、かな? 一人が好きなんじゃない……。一人の方が気楽で良い、だったかな? でも、あんまり他人に興味ないのは本当……」 「……」 「だから、傍にいて欲しいって言うのは……あんたのこと気に入った証拠だと思う。嫌な言い方ばかりしてたけどね」 「……………そうだな」 【嫌な言い方ばかり】に、思わず同意しながら、一瞬、この少年はどこから聞いていたんだろう? と疑問に思った。 「オレ、リョーマ=越前。さっきのはオレ達のリーダーで、克也=城之内」 「……え? り、リーダー?」 「そう。凄く頼りになる……最高のリーダーなんだ……。あんたは?」 「……遊裏……遊裏=武藤」 「ふーん。じゃあね、遊裏」 静かに。 ドアが閉まった。 テーブルには、少し冷めてしまったらしい夕飯の料理。 スープと色々と入ったごった煮らしきもの。 それに、パンが二切れあった。 遊裏は、ゆっくりとベッドから下りてテーブルに付き、スープを取り上げて、一口飲むと。 空腹を思い出したように、それらを平らげた。 どっちにしても。 何があっても―― 腹が減ったままの状態では、どうにもならないからである。 頭の中は―― 酷く、混乱したままの状態ではあったのだが……。 <続く> |
前回言ってたのは、もう少し先のことなので。今回はこんな感じです。 遊裏が克也を意識してるのは、何ででしょうね? 多分、謎です(←コラマテ;;) でも、克也なんかイジワルですね。【DM】でも克也意地悪だったけど。 今回は二歳違いなんで、それほど離れてる訳じゃないんですがね。だから、結構克也もガキですが。 しかし、克也視点を一切書いてないんで、こう見ると、克也本当に、嫌な奴ですね(滝汗) 気に入ってんなら名前くらい聞いて名乗れよ、克也! あうあう;; リョーマがフォローしてるし、どうよそれ?(滝汗) こっからの展開は結構「お約束」かも(笑) 次は克也視点です。 視点が交互だと判り辛いかな? とは言え、3人称ではありますが(笑) でも、ちょっと変わった構成になってしまいましたね。 こう言うのもありかな? うーん……。 |