Act1. 召喚 |
エージが持って来た本は、古代の魔術書だった。 難解な古代文字に、悪戦苦闘しながら、何とか解読できたのは、半年後のことである。 エージとリョーマ、ユーギがそれぞれ召喚した、パートナーモンスターが張った結界の中で。 ユーリとセトが交互に呪文を唱えていた。 ユーリが、召喚の魔法陣で空間を開き、その、開いた空間を維持するのがセトの役目だった。 そうして、呼び出されて来るものが、何なのか―― ここにいる誰も知らずに居たのである。 ☆ ☆ ☆ 「お兄ちゃん!」 家に帰ると、妹の静香が嬉しそうに駆け寄って来て、克也の手を引いた。 「ねえねえ。今日の夕飯、静香が作ったんだよ! もう、お兄ちゃん帰って来るの遅いから、先に食べちゃおうかって言ってたんだから!」 「お帰り、克也。何を思ったのか、いきなり今日は、私が作るって言い出してね」 母親が、笑いながら言う。 「へえ、そいつは、楽しみだな」 「お兄ちゃんの腕には、負けるかもだけど。でも、お兄ちゃんが、料理上手だから、私、殆ど出来ない状態だったんだよ!」 「なんで、オレのせいだよ?」 静香の物言いに、克也は苦笑を浮かべつつ、問い返した。 「だって。お兄ちゃんの料理の方が美味しいんだもん☆」 そう言って、静香はキッチンの方に小走りに向かって行く。 それを見送りながら、克也はふっと息をつき、母親に向かって言った。 「あ、んじゃ、着替えて来る」 「ええ」 「そいや、親父も帰ってんの?」 「ええ。……静香が携帯に電話してね。早く帰って来いって」 苦笑を浮かべながら言う母親に、克也も笑った。 「んじゃ、久々の家族団欒って奴だな」 「……最近、私も父さんも忙しいから。ごめんね」 「なーに言ってんだよ? それで、オレも静香も何不自由なく、暮らせてんだし。文句ねえよ」 そう言って、克也は二階へと駆け上がる。 そう、文句などない。 親が忙しくて、家に居なくても、それを不満に思ったり淋しいと感じたりする年齢ではないし。 たまに、こうして家族が顔を揃えると、素直に楽しいとか嬉しいとか思えるから、会えない時間も貴重だと思うのだ。 干渉し過ぎで、あれこれと煩い親よりは、はるかにマシである。 決して仲が悪い訳ではなく。 互いに互いのやりたいことを尊重しあって、結果すれ違いが続いても、相手を信頼し、こう言う団欒の時間を、取ることを厭わなければ、旨く行くものかも知れない。 自分の部屋に入って、カバンをベッドに放り、克也は着替えようと、学ランに手をかけた。 ざわっと 何かの気配を感じた。 振り向きざまに、蹴りを放ち、だが、自分の足は空を切っただけで、そこには何もなく……それでも、漂う気配に、気を集中させた。 「――……誰だ?」 呼びかけても、返事が返る訳ではない。 ふと、床が青白い光を放って、そこに見たことのない、何かの模様が浮かび上がった。 「? な、何だ?」 焦る克也の身体が、何かに引き寄せられるように、その模様の上へと導かれる。 「ちょ、ちょっと待てよ! 何だってんだよ?」 同時に聞こえて来た、意味の判らない声に―― オカルト系が苦手な克也は、ただ、恐怖心を感じて、何とかこの場から逃げ出さねばと感じていた。 だが―― 「お兄ちゃん?」 ドアがノックされて、静香の声が聞こえた瞬間。 静香をここに入れる訳には行かないと、克也は声を張り上げた。 「まだ、着替え中だ! 開けるなよ!」 「もう! 開けないってば! じゃあ、早くしてね」 そのまま、遠ざかって行く静香の足音に、ホッと息をついたのが拙かったのか。 克也は、一気に模様の上に移動させられて、その中に吸い込まれる自分を感じた。 「なっ!?」 まるで、宙を漂うような、水の中に沈みこむような、そんな安定感のない状態の中、聞こえて来た声に。 意味が判らないのは、さっきと変わらないのに。 暖かみさえを感じて、克也は何故か抵抗を止めていた。 「……オレ、死ぬんかな……強くなれば、もう一度会えるって……言ってくれてたのに……」 小さく呟き目を閉じる。 「ユーリ……」 もう一度、オレはお前に会いたいと……強く強く思っていたんだ。 ☆ ☆ ☆ 「うわっ! 何この、エネルギー!?」 結界の中で、巻き起こる風の威力に、エージが声を張り上げた。 そうしなければ、互いの声など聞こえはしないのだ。 風が唸る音が、耳を劈き、まともに話をすることも困難で。 「エージ! そのままだと、ベビードラゴンに負担かかるよ?!」 リョーマの言葉に、傍にいるパートナーモンスターに、エージは何とか目を向けた。 「そだね」 エージは、手にしていた剣を、地面に突き刺し固定して、呪文を発動させる。 『時の魔術師!!』 魔法発動の際に、エージを中心に魔法結界が張られる。 その中に現れた時の魔術師が、少しぐったりしていたベビードラゴンに向けて、魔力を放った。 次の瞬間。 ベビードラゴンは、千年竜に姿を変えて、その場に堂々と存在していた。 「これで、かなり保つでしょ?」 エージの言葉に、リョーマが笑みを浮かべて答える。 その間にも、魔法陣の中から、凄まじいエネルギーの奔流は、止まることを知らないかのように、噴出し続けていた。 「ユーリ……呼べるのか?」 「……判らない。だけど……何とか……」 セトの言葉に、ユーリは何とか答えを返した。 こめかみに汗が伝う。 このままでは、こちらが引き摺られてしまうかも知れない。 それでなくても、召喚されて、出て来たものが、血に飢えた獣であった場合。 倒せるかどうかも、不明だ。 ただ、君に会いたかった。 もう一度、君に会いたくて。 異世界への道を開く方法を探していた。 『異世界からの召喚』を試みたのも。 すべては、異世界への道を見つけるため。 オレは、ただ、君に会いたかっただけなんだ……。 ユーリの想いに答えるかのように、魔法陣の中から何かが飛び出し、その衝撃にユーギたちが吹き飛ばされた。 「おチビ!」 「ユーギ!!」 吹き飛ばされた、リョーマとユーギに気を取られた瞬間。 魔法陣が、ゆっくりと消滅して行く。 「セト!!」 これでは、逆召喚が出て来なくなる。 同じ場所へ、召喚したものを返すことなど、直ぐには出来ないのだ。 だから、危険すぎるものであった場合、直ぐに送り返すために、空間を確保しておく必要があったのだが。 「ちっ! ユーリ、貴様、一体何を召喚した!?」 「判らない……。だけど、相当に魔力が強い……気をつけ……」 注意を促そうとしたユーリは、自分の目の前で、白い光に包まれたそれを見おろして愕然となった。 「……人間?」 「まさか……! ブラックマジシャンのような、人型のモンスターではないのか?」 「……だけど……」 それを包んでいる光が、急速に弱まっていく。 そこに倒れているのは。 金髪に見えるほどに、色素の薄い髪をした、16歳前後の少年の姿で。 見慣れない服装ではあるが、どう見ても、普通の人間にしか見えない姿だった。 「人間……召喚したの?」 「……なんで? 魔力を持ってないと、まず召喚べないんでしょ?」 「……ユーリ……」 エージの手に引かれる形で、立ち上がったリョーマとユーギが、茫然と呟く。 エージも愕然とした様子で、呟いていた。 心配そうなユーギの声にも、ユーリは答えることは出来なかった。 ただ、愕然と……意識を手放して眠る少年を見下ろし……セトもその場に立ち尽くすことしか出来なかった。 |