Act.3 Festival1

 朝の眩しい光に、克也はそれを避けるように寝返りを打った。
 そうして、何度か目を瞬かせて、ハッと覚醒する。


「ヤベっ! 学校……!!」

 無意識に口走り……自分の言った言葉に首を傾げて、愕然となった。

「学校……? 学校って、そうだよ、学校だよな。オレは……学校に通ってた……?」



 自分に関しての記憶……過去を無くした克也に取って、この10日間は、驚きの連続だった。
 基本的なことは判るものの、自分の知ってるものがここになく、自分の知らないものが、たくさんあることに気付かされた。

 ゲームセンター、パソコン、テレビ、CD、MD、電車、飛行機、車、バイク。
 そう言うものが何かは知っているし、それなりの説明も出来る。
 学校もその中の一つの知識として、自分の中に残っていた。

 だけど、それらのものは、【この世界】にはない事実に、驚きを隠せなかった。



「ジョーイ! ジョーイ!!」

 廊下から聞こえて来た声に、克也は思考を停止して、そちらに顔を向けた。
 ほぼ同時に、部屋のドアが開いて、声の主が顔を出す。

「ああ!! ジョーイ、まだ寝てたの? 早く用意して、出かけようよ!」

 元気なエージの言葉に、暫し考えた後。
 ああ、そうかと呟いた。


 克也は明日から、不二が手配した家で暮らすことになる。
 今日は、この【ミレニアム・パレス】で過ごすことが出来る最後の日だった。

 だから、エージとリョーマ、ユーギの3人が、送別を兼ねて、遊びに行こうと誘ってきたのだった。

「あ、そうだ。おチビもまだ寝てるかも! 早く朝ごはん食べちゃってよね!」
 そう言い残して、エージは克也の部屋から駆け出した。
「忙しないやつ……」
 克也は苦笑を浮かべて、服を着替えて食堂に向った。


「おはよう、ジョーイ」
「おっす。ユーギ! ……ユーリも、おはよう」
「ああ、おはよう」
 ユーギとその隣で、既にコーヒーを飲んでいるユーリに、挨拶をした後。
 克也は、ユーリの前にトレーを載せ、椅子に腰掛けた。

「ほら、おチビ! 早く早くVvv」
「もう、エージ煩い……」


 騒がしく言いながら、リョーマの手を引いて、エージが食堂に入って来る。

 セルフサービスであるこの食堂は、すきなものをトレーに載せて行くのだが、リョーマはどこかボーッとしたままで、それをするのはエージだった。

「ホント、甲斐甲斐しいな、エージの奴……」
 克也が苦笑を浮かべて言うと、ユーギも笑みを浮かべて、
「一緒の寮に暮らすようになってから、殆ど毎日ああだよ? 何だかんだで、エージってリョーマに甘いし、リョーマも甘えてるしね」

「ねえねえ! ユーギ! 今日さあ、セディスの街でお祭りあんだよね?」
「ああ、そう言えば。いつも、お祭りの日は、ボク達仕事だけど、今日は休み貰ったし」
「……まあ、取り敢えず、祭りは楽しめるかもね」
 寝惚けた声で、リョーマが言い、既にユーリの隣に座っている。
 そのリョーマの前、克也の横に座りながら、エージがトレーを差し出しつつ言った。
「ね。そのお祭りに行かない?」
「うん。良いかも。純粋にお祭り楽しめるの、久しぶりだし」
「おチビは?」
「……別に、良いッスよ」
「じゃあ、決定〜♪」
 盛り上がる3人に、克也は少しだけ首を傾げて、ポツンと呟いた。

「祭りの時間まで、何すんだ?」
「へ?」
「セディスの街まで、馬車で30分くらいかかるからね。今から準備して、出かけたら、ちょうど良い時間につくと思うけど」
「……祭りって、夜がメインじゃねえの?」
「え? そりゃ、夜まで続くけど、でも、夜は大体大人が、楽しむものだし。食べたり、買い物したり、催し物が見られるのは昼間だよ?」
「……? そうなのか? 祭りったら、夜さあ。暗くなってから、神社かどっかの境内で、焼きそば食ったり、金魚掬いしたりすんじゃねえの?」
「え? 何で夜なの?」
「そ、そりゃ知らねえけど。でも、祭りって夜店が出て、夜出かけると怒る大人も、その日だけは大目に見てくれたりして……」

 そこまで呟いて、【またか……】と克也は、心の中で呟いた。



 知識の齟齬。


 自分が知ってることと。
 みんなが知ってることが違う。

「昼から出店が出てる祭りもあったけど。夜の方が断然、面白かったんだよな」


 呟くように、克也は言った。

「でも……何で……?」
 小さく呟いた克也の言葉に、同じくらい小さくユーリが呟いた。
「……記憶」
「……え?」
「君の……記憶の一部に潜在的に残ってることだろう? 他にも色々あったじゃないか。それと同じ……。君の記憶の一部だろう? 君が――異世界から来たことは、判っているんだから……」


 【異世界】

(そうか……オレは、この世界の人間じゃねえんだな……)

 記憶がないために元の世界への執着もないのだが、自分がこの世界では異邦人であることに、些かショックを受けていた。

「ねえ、ユーリは本当に行かないの?」
「……セディスの街になら、行くさ。もっとも、オレは仕事だがな」
「……なんだ。仕事受けちゃったんだ」
「同時に4人も休むのは、どうかと思うしな」
 そう言って、ユーリは席を立った。
「じゃあ、ごちそうさま。オレは先に行く」
「うん。向こうで会えたら良いね。休憩ぐらい取るでしょ? ご飯は一緒に食べようよ」
「ああ。時間が合えばな」
 ユーギの言葉に頷き、ユーリはトレーを持ってその場を離れた。

「…ジョーイ? 食べないの?」
 エージの声にハッとして。
 克也は、朝食に取り掛かった。
「ユーリのこと、まだ苦手?」
「……ってか、アイツ、必要以上話しないじゃん。だから、よく判んねえんだ」
「ユーリの良さが、判らないんじゃ、あんたの目、相当節穴だね」
 リョーマは少し目が覚めたのか、先ほどより、ハッキリした口調で言った。
「そんなの、人それぞれだろうが」
 克也の反論に、視線だけを上げて、リョーマは克也を見つめた。
「……そうかもね」
 呟いて、食事を続ける。

 不穏なリョーマと克也の雰囲気に、ユーギとエージは互いに顔を見合わせて溜息をついた。



  ☆  ☆  ☆


 セディスに向う街道は、かなり混んでいて、馬車と人でひしめき合っていた。
「凄い人だな。みんな祭りに行ってんのか?」
「そうだよ。普段なら、魔法回廊使って移動するから、あっと言う間に付いちゃうんだけどね」
「公私混同だけど、使った方が良かったかも……」
「……え? んじゃ、ユーリはもう、行ってんのか?」
「勿論。ユーリは要人の警護に向った筈だから」
「……要人の警護……?」
「確か、王子だか王女だかが見物に来るんじゃなかったっけ?」
「そうそう。その警護なんだよね」
「ふーん……」

 相槌を打ちながら、克也は王子とか王女とかもピンと来ねえなと、心の中で呟いた。


【自分が今まで、住んでいた世界とは……きっと180度違う……】

 そう感じることで、疎外感を感じてしまい、克也はそっと溜息を吐いていた。




      ☆     ☆    ☆



 街の入り口にずらっと並ぶ、馬車の多さに、克也はさして驚くこともなかった。
 自分の記憶の中にある、車がひしめき合って駐車されているのが、浮かんだからだ。

 人の群れが凄くて、これじゃ、小さいユーギやリョーマとははぐれてしまいそうだと。
 克也はユーギの手を掴んだ。
「ジョーイ?」
「はぐれたら、オレがヤバイからな」
「……それもそうか。じゃあ、仕方ないね」
 ユーギが笑って答えると、不意にリョーマがユーギの肩を叩いた。

「替わって」
「え?」
「ええー? 何で? おチビちゃん、オレじゃいやなの?」
 リョーマと手を繋ぐ気満々だったエージが情けない声を上げる。
 ユーギも克也も、エージがそのつもりだったことが判っていたから、二人で手を繋いで見たと言うのに……。

「そうじゃないけど。でも、4人ではぐれなきゃ良いんでしょ?」
「……オレは、どっちでも……良いんだけどよ」
 言葉を鈍らせて克也は言いつつ、落ち込むエージに、嘆息を漏らして。
「んなことで、言い合っててもしょうがねえじゃん。途中で交替すりゃ良いんだし。な、エージ」
「……う、うん」

 結局、克也はリョーマの手を取って、人込みの中へと足を踏み入れた。


「少しはエージに気を使ってやれよ」
「……ユーリ会うかもしれないから。あんたも、少しユーリのこと気にしてやったら?」
「何で?」
「……あんた見てると、苛々する。ねえ、頭殴ったら、記憶戻るかな?」
 自分を見上げて来るリョーマが、半分以上本気だと判って、流石に克也も引きつった表情を、浮かべた。
「冗談だけど」
「目がマジだったぞ?」
「試してみる?」
「遠慮します」

 少しずつしか移動出来ないものの、エージも身長が高い方なので、何とか居場所は認知出来る。
 向こうにもこっちの位置は見えてるはずだ。

「これじゃ、祭り楽しむどこじゃねえよな」
「まったくだね。仕事だと、人のいないとこで、結構、美味しいとこはちゃんと見られるんだけど」
 言いつつ、何とか前へと足を踏み出す。

 ふと、人込みが途切れた。

「へ?」
「催し物とバザール、それにあっちでは、雑技団のテント。それぞれに分かれたんだ。だから、人が分散したんだよ」
「ああ、なるほどな。 催し物って何やってんだ?」
「多分……今日は……魔道士の魔法披露だと思うけど」
「魔法披露?」
「そう……【ミレニアム・パレス】に常駐してるオレ達と違って、こう言う市街で開業してる人は、こう言うところで、簡単な魔法を子供たちに見せるんだ」
「やっと追いついた! それに、今日は召喚決闘があるよ」
「そうなの?」
「うん。だから、余計に人がいるんじゃないかな?」
「召喚決闘?」
 立ち止まって話していると、ユーギたちが追いついて来て、リョーマの言葉に補足した。
「そう。召喚士が、幾つかのランクに分かれて、闘う……武闘会みたいなもの。他にも、剣術大会もあったりするしね」
「へえ……」
「取り敢えず、魔法披露に行ってみようか?」
 魔法を殆ど知らない克也のことを思ってか、ユーギが提案した。
「そだね」
「別に、それでも良いけど……」

 そうして、中央広場の方に向おうと言うことに決定して、歩き出した時。

「どこ見て歩いてやがんだ! このガキ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「謝れば済むと思ったら、大きな間違いだぜ? お嬢ちゃん?」
「え? え?」

 髪の長い小さな女の子が、あからさまに怪しいごろつきに囲まれて、オロオロしている。

 それに気がついた克也達は、互いに顔を見合わせた。
 その気満々のエージと克也に、ユーギとリョーマが肩を竦めて頷いた。


 そうして、声をかけるために足を踏み出したところで、別の声が聞こえて来た。

「サクノ!」
 その声に、少女がホッとしたように表情を緩めた。
「何だ? てめえは?」
「……この娘に何か用か?」

 ごく静かな口調で、ユーリが問い掛けた。

「ユーリ?」
「……なんで?」
「あ……!」
「? ユーギ?」

 それぞれが、驚愕している中。
 ユーリがサクノの前に立って、ゴロツキたちと対峙した。

「……少々ぶつかったからって、因縁をつけるのなら、オレにも考えがあるが?」
「……何だと? ガキの癖に……」
 どっから見ても、華奢なユーリに、ビビることが恥だとばかりに、ゴロツキ達は更に息巻いて突っ掛かって来た。
「どけよ。俺らはてめえには、用はねえんだよ」
「そうそう。そっちの嬢ちゃんには、あるんだけな〜」
「出すもん出すんなら、てめえでも良いけどよ?」

 下卑た笑いを浮かべながら言う相手に、ユーリは少しだけ嘆息を漏らして。

「もう一度言う。黙って引き上げろ。ここで騒ぎを起こしたくはない」
「騒ぎ? てめえが大人しく言うこと聞きゃ、騒ぎも起こんねえよ?」
「……ユーリさま」
 少女の言葉に、ゴロツキたちの表情が訝しげなものに変わる。

「さま?」
「へえ、あんたいいとこの坊っちゃんか何かか?」
「貴様らにオレの素性は関係ない。……オレの忠告を無視するなら、それでも良い。……泣きを見るのは、貴様らだからな」

「何だと?」
「このガキが!!」

「ユーリ!!」
「ちっ!」


 ごろつきたちと、エージ、克也の声が重なった。

 その声に、ユーリが一瞬反応してしまい、相手が抜き放った小刀が、ユーリの頬を掠めた。

「ユーリさま!!!」
「ユーリ!!」
 その時には、既に克也は、地面を蹴っていた。
 跳躍して、相手の腕を蹴りつけ、着地と同時に、回し蹴りを放つ。

 その連撃に、相手が後退った。


「……ジョーイ?」
「何やってんだよ? 相手挑発するなら、気を抜くんじゃねえ!!」
「……あ、ああ、すまない……」

「こ、このガキどもが!!」
「うるせえ!! ガキ相手に因縁つけてるてめえらの行動が鬱陶しいんだよ!!」
 怒鳴り声とともに、克也は右拳を突き出した。
 相手がそれを左に躱すと同時に、踏み込んで左足を蹴り上げた。
「ゲホっ!?」
 倒れ込む相手に肘鉄を落として、次に横から向かって来た相手に、そのまま裏拳をかまして、前から来た相手に右足を捻るようにして、蹴りを入れた。

「すっげえ! ジョーイ!!」
「……」
 自分の身体の反応に、克也自身が驚き、愕然と自分の両手を見つめる。

「何だ……これ?」
「……ジョーイ!」
 呟く克也の声と、注意を促すユーリの声が重なった。
「くたばれ! ガキが!!」
 意識して戦っていた訳ではない克也だが、反応が少し遅れた。

「風流旋!」

 ユーリと克也を中心にして、渦巻く風が起こった。
 その風に吹き飛ばされるようにして、ゴロツキ達は倒れて行く。

「ユーギ! 今の内にサクノを連れて逃げてくれ!」
「判った!」
 ユーリの言葉に、直ぐに頷いて、ユーギはサクノの手を取った。
「サクノさま。こちらへ」
「……あ、ユーギさま」

 ユーギに手を引かれて、サクノが歩を踏み出す。
「で、でも……」
「ユーリなら、大丈夫。だから……あなたが怪我をしたら、ユーリの過失になる。そうでしょう? 姫さま」
「……! はい。判りました」
「姫さまって……」
「ドミノ王国の第二王女さまだよ。早く行こう!」
「あ、うん」
 3人は、サクノを連れて、その場から駆け出した。


 風が巻き起こる。
 全てを守るように、自分の周りを吹き回る。


「……痛…っ」
 克也は頭を抑えた。
 感じた頭痛に、眉を潜め……自分の隣で魔法を行使したユーリを見つめる。

「……オレ達も逃げよう。じょう……ジョーイ」
「あ、ああ……」
 風が止むと同時に、克也とユーリはその場から駆け出した。

 ユーギたちが逃げた方向と逆に向い、大回りをして、落ち合おうと言う。

「……なあ」
「何だ?」
「……あんた、オレと前に会ったことあんじゃねえ?」
「……何故、そう思う?」
「今の……光景。前にも体験したことあるような……そんな気がすんだよ」
「気がするんだろ? 気のせいかも知れない。既視感なんて、結構当てにならないものだよ?」


 でも、巻き起こる風。
 飛び散った鮮血。
 響いた悲鳴。
 ……誰かの涙。


 身体の痛みと心の痛み。



「……くそっ! 思考が纏まらない」
「考えちゃダメだ。無理に考えようとすると、歪が酷くなって取り返しがつかなくなる。記憶がいずれ戻るから……無理しちゃダメだ」
「……」
 ユーリの言葉に、克也は驚いたような表情をして、それから微笑んだ。

「サンキュ」
「え?」
「……心配、してくれてんだろ? さっきも助けてくれたしな」




 立ち止まって、互いに見詰め合うと。

 全ての時間が止まったような気がした。













「……あ、いたいた! ユーリ! ジョーイ!」
 エージの声が、少し離れた場所から聞こえて来た。
 だから、二人は現実に戻れた。


 ゆっくりと……互いから視線を外して、エージたちの方へと向ける。



 そうして。
 克也とユーリに怪我がなかったことを、サクノが一番喜んでいた。



 胸の中に残る。
 わだかまり……。


 晴れるのは……きっとまだ先のこと……。


「んじゃ、お祭りもっと楽しもうよ!」
 エージの声に、全員が賛同し、ユーリは同行したいと言うサクノに、一度、戻ってからと言う条件で了承した。

 だから、全員で町長の館まで向うことになったのである。



……サクノ王女……どうでしょう?(滝汗)
大人しく助けられてそうなキャラが居なかったんです;;
杏子と静香ちゃんは日本にいるしねえ……;;
Festivalは、もう少し続きます。
全体的に続いてる話の癖に、何だか1話完結っぽい?