Act.5 魔封じ


 ドミノ王国ドミノ・シティ。

 山と海に囲まれた天然の要塞を誇るこの街の、最北端にこの国の象徴でもある、王城があった。
 現国王の統治のもと、善政が布かれてはいたが、市井が平和で戦もない世の中では、文官、武官、神官、貴族、果ては王族さえも……腐敗の色を見せ始める。
 国王の目を盗んで、不正取引や、贈収賄の横行……。
 それによる、神官や貴族の民衆への横暴も……。
 公にならないところで、様々な問題が、起こりつつあった。

 その中でも……第二王子のケーゴ=アート=ドミナスは、自分が王子であり王族であることを、最大限に利用することを考えて、その腐敗の一端を担ってしまっていた。





「何だと?」
 遠乗りから帰って来たケーゴの元に、慌てた様子で駆け寄った臣下が告げた言葉に、当の王子は不機嫌な表情を浮かべて、相手を突き飛ばした。
「……真紅眼の黒竜を手に入れときながら、むざむざ逃がしたと言うのか?」
「……く、詳しいことはまだ……。タオからの連絡では、自身のモンスターを、撃破されたと言うことですが……」
「……ほう……タオのモンスターをね……。そう言えば、セディスの街にはサクノが行っていたな?」
「は……」
「なら、そのモンスターを撃破したのは……ミレニアム・パレスの召喚士だな?」
「……そのようです」
「……タオに伝えろ。それ相応の借りは返してやれとな」
 そう告げて、ケーゴは自分の離宮へと向った。




「……このオレに盾突くとは……莫迦な奴らだ……」


 自分の地位と権力に、微塵の疑いも持たず、絶対的な自信を持って、誇示する。
 それこそ、王子として生まれた己の、特権だとケーゴは自負していたのである。




    ☆  ☆  ☆

「はあ? 報復しろってことかあ?」
 常駐していたセディスの街の宿の一室で、連絡を受けたタオ――ウー=タオチェンは、思い切り嫌そうに顔を顰めて言った。
「貴様こそ……あっさり自身のモンスターを撃破されて、黙ってはいられまい? それ相応の借りは返すべきかと思うが?」
「……まあ、それも考えねえでもねえけど……」
 言いながら、頭をガシガシと掻いた後。
 タオは、にんまり笑って立ち上がった。
「面倒くせえから、別に良いや」
「面倒くさいだと?」
「……まあ、どっちにしても、こっちに非がある訳だしなあ。あれも正当な攻撃だし。……面倒くせえな、面倒くせえよ。まあ、そう言うことで。こっちは、町長にモンスター引き渡すとこまでが仕事で、後は関知する気ねえから」
「タオ! タオチェン!」
「……うるせえ。グダグダ言うなら、てめえを撃破してもいいんだぜ?」
 そう言って、タオは自分の腰に下げている剣の柄に手をかけた。

 目の前の、使者はさすがにうろたえ、逃げるようにして部屋から飛び出して行った。


「……今日は祭りだからな。ミレニアム・パレスの連中も、多いか……」

 独りごちて、早々にこの宿を引き上げようと、荷物をまとめ始めた。





    ☆   ☆  ☆


「えええ? レッドアイズが、ジョーイに懐いたあああ?」
「……え? でもジョーイって魔力持ってなかったんじゃないの?」
「……どう言うことなの? ユーリ」
 さすがに、歩きながら食べるのは、どうにも出来ないと言うサクノの言葉に、手頃な食べ物を幾つか物色して、中央広場の一角で、昼食を取ることにした面々は、ユーリの言葉にそれぞれ、驚愕して見せた。

「……さあ? オレにも判らない。だが……ジョーイを召喚した時に感じた魔力は……やはりジョーイ自身が放っていた可能性があるってことだ」
「魔力って……具体的になんな訳? この世界の人間なら、誰でも持ってるのか?」
 レッドアイズが入り込んだクリスタルを弄びながら、ショックから何とか浮上した克也が、問い掛ける。
「……精霊、モンスターと交信、交流が取れる……力……と言うべきかな?」
「精霊……モンスター?」
 ユーリの言葉に、克也はキョトンと繰り返した。
「潜在的に魔力を持っている者は、子供の頃から精霊の姿を見ることが出来る。声を聞くことも。ただ、こちらから、声をかけることは出来ないんだ。それを学ぶことが……そもそもの始まりだ」
 ユーリの言葉を受けて、エージが補足するように口を開いた。
「……そうそう。んで、正しい言葉のかけ方を知らなくても、例えば感情の高まりで、精霊が関知してしまって、魔法の効果が現れたりするんだよ。だから、正しい魔法の使い方を覚えないと、周りも自分も危ないってことなんだ。リョーマはちょっと違ってたけどね」
 エージの言葉に、リョーマが頷く。
 それを見て、どこが違うのか? と思いつつも、自分自身のことの方が知りたくて、克也は別のことを聞いていた。

「……でも、オレはそんなの……持ってねえぜ?」
 克也の言葉に、ユーリも困惑したように首を傾げた。
「魔力を持ってる人間は大抵、その波動を感じられるから判るものなんだ。――だから、相手が普通の身なりでも、魔法を使えるかどうか、判断が出来る」
「……で、オレは?」
「感じない。今はな。……ただ、魔力を持たないものを、召喚出来る訳も、モンスターが懐く訳もないんだ」





「――魔力を封じられてはいませんか?」


 不意に、話を聞いていた王女が、口を挟んで、ユーリたちは驚いたように、見返った。

「あ、ごめんなさい。でも、昔に聞いたことがあります。絶大な魔力を持って生まれた子供は、まだ幼い内に、その魔力を封じられると……」
「それなら、オレも聞いたことあるが……。封じなければならない程の魔力を持って生まれて来る子供はそうは居ない。第一、ジョーイはこの世界の者ではないからな……」

「なあなあ、何で絶大な魔力を持ってると、封じられる訳?」
 サクノとユーリの話に、克也が小声で、ユーギに問い掛けた。
「……本人が制御できない可能性があるからだよ」
 克也の問いに、ユーギが答え、リョーマに目を向ける。
「リョーマは、最年少で一級召喚士になったけど。リョーマの場合は、精霊と意志の疎通をすることが出来たんだ。ミレニアム・パレスに入る前からね。でも……強力な精霊魔法を使えるんだけど、正式に契約してた訳じゃないから、反動が凄かったらしくて。だから、リョーマは契約をちゃんとするために、ミレニアム・パレスに来たんだよ」
「でも……例外はあるんだ」
「……そう。例えば、赤ちゃんの時に、泣いただけで、炎の精霊や、水の精霊が落ち着かなく、その力を使ってしまったら……赤ちゃん自身に、その魔法を制御出来る訳じゃないから、周りにいる人も、赤ちゃん自身も危険でしょ? だから、そう言う魔力を持ってる場合は、問答無用で魔力の発現を封じるんだ」

 でも、それはよっぽど魔力が高くないと起こらないから、実際にそう言う封印を受けた人は、見たことないとユーギもエージも言った。

 ユーリは克也の正面に身を乗り出して、その額に手を触れた。
「な? 何だよ?」
「……魔封じの印は大抵額に記される。もっとも、本人にばれないようにするために、背中に付けられることも多いけどな」
 直ぐ間近にユーリの顔が近付いて、克也は自分の頬が必要以上に火照るのを感じた。



 心臓が煩く騒ぐ。

 落ち着かない。

 だから……つい、その手を強く振り払ってしまった。


「あ……」
「……すまない」

 手を払った瞬間の。
 ユーリの表情を見てしまった。


 大きく見開かれた瞳と。
 悲しげに揺れたその色に。

 とてつもない罪悪感がのしかかる。




「あの……」

 気まずい雰囲気を払拭したくて、声をかけようとした所で。
 まるでタイミングを見計らったように、悲鳴と獣の咆哮……そして、地面が揺れるのを感じた。



 慌てたように立ち上がると、一方向から人がどっと逃げ出して来るのが見えた。
「あっちは……確か、決闘場がある場所じゃなかった?」
 ユーギの言葉に、ユーリが慌てたように立ち上がった。

「サクノ。悪いが、屋敷の方に帰るぞ」
「え?」
「あの騒ぎに、巻き込まれるとマズイからな」
 ユーリの仕事は、王女を守ることである。
 だから、騒ぎの方よりも、サクノを優先させる。

 それ自体に、不服がある訳ではないが、克也は何となく面白くなく、立ち上がって、人がこちらへと押し寄せて来る方向に向かって歩き出した。

「ジョーイ?」
「……気になるから、様子を見て来る。直ぐに戻るよ」
「オレも行く」

 リョーマがその後に続き、それを見たエージも慌てたように立ち上がった。

「リョーマが行くならオレも!」
 そうして、3人が行くのを見送りながら、ユーリは小さくユーギに向って言った。
「アイツらを頼む」
「うん。判った……」
「サクノを届けたら、オレも直ぐに行く」
「気を付けてね」
「お前の方こそ……」

 右手を打ち合わせて、ユーリとユーギが互いに背を向けて歩き出した。


「大丈夫ですか? ユーリさま」
「――何が?」
「……ジョーイさまに……手を振り払われた時、まるで死にそうな表情をしてましたけど……。今も、あまり顔色良くないです」
「……ああ、大丈夫だ。ありがとう、サクノ」

 サクノの言葉に苦笑して、ユーリは空間転移の魔法を唱え始めた。






 ☆   ☆   ☆


「後悔してる?」
「何を?」
「ユーリの手を払ったこと」

 図星を付かれて自分の隣を歩くリョーマを見下ろして、克也は小さく唸るように答えた。

「うるせえ」
「……ねえ、あんた……そのピアス、いつから付けてるの?」
「……へ? ピアス? ああ、これね。……ガキの頃からつけてたみたいだな。自分で付けた記憶はねえから……」
 リョーマの言葉に、克也はキョトンと答えて、右耳につけてある白い石のピアスに触れた。

「エージ」
 リョーマが、後ろから来るエージを呼び、エージはリョーマに並んで答えた。
「どしたの?」
「……ジョーイの【ピアス】……よく見て」
「え?」

 リョーマの言葉のまま、エージは克也のピアスに目を向ける。
 小さなそれは、よく見ないと判らない。

「あ……魔封じの呪文?」
「やっぱりね。封じの呪文にはオレは詳しくないから、自信なかったんだけど……」
「でも、これ効力が消えかけてる……。そうか。だから、この魔封じが一瞬だけ効果を消した時に、召喚されたり、レッドアイズが魔力を関知したりしたのか?」
「多分ね。どんな高等な魔封じも10年持てば良い方だよ。でも、ジョーイは今まで魔力の片鱗を見せたことがない……。少なくとも15年は封じてきたんだよ、その魔封じのピアス」
「ちょ、ちょっと待てよ。何の話だよ? オレには魔力なんかねえぞ?」
「だから、封じられてるんだよ。その石そのものに、元々魔封じの効果があるみたい。それに、更に、魔法呪文を彫り込んでる……。外したことはないんでしょ?」

 リョーマの言葉に、克也は愕然としたまま、自分の耳朶に触れた。

「でも、そうなると微妙じゃない? レッドアイズは、ジョーイをマスターに選んだみたいだけど、自由に魔力を使えないのなら、契約も意味がないし……」
「……レッアイズは自分で、ジョーイのとこに行ったんだから、少しは違うんじゃないかな?」
「……なあ、これ外したら、どうなるのかな?」
 克也の問いかけに、リョーマとエージは顔を見合わせた。

「やめて」
「何か凄い怖いことになりそうだから……」
「でも、オレに本当に魔力があんのかどうか、このままじゃ判んねえじゃん?」
「それは、そうだけど……」

 リョーマが言葉を濁すのとほぼ同時に……。

 聞こえた馬蹄に、ハッとした時は、克也の眼前にそれはいた。

「なっ!?」
「暗黒騎士ガイア!?」
「光障壁!」
 ガイアが槍を振り下ろす瞬間、エージが剣を地面に突き刺して、呪文を唱えていた。
 白い光が、エージを中心にして広がり、克也までを包み込んで、壁となった。
 障壁にガイアの槍が突き刺さり、弾かれる。

「……くっ!」
 エージが、障壁を支えるために歯を食いしばって、足に力を込める。
 地面にめり込みながら、少しずつ後退さるエージに、リョーマが呪文を唱えた。

「炎爆衝!」

 リョーマの周りに炎が生まれ、光の障壁を越えて、ガイアに迫る。
 ガイアに触れた瞬間、炎は発光して爆発を起こした。
 しかし、ガイアには大した効果もなく、続け様に、攻撃を繰り出して来る。

「どうなってんだ?」
「……召喚者に何かあったのかも。暴走してる……」
 リョーマは、言いながら手に刻まれた紋章に触れた。

【大気と空を統べるもの。
風の契約せし、我の声に応えよ

風精霊・シルフィード、召喚!!】



 リョーマを中心にして、風が巻き起こった。
 吹き上げる風の中から、白銀の駿馬が姿を現し、高らかに嘶いた。

「シルフィード、暗黒の騎士ガイアを倒せ!」

 リョーマの声に、応えるように嘶いたシルフィードは、首を一振りすることで、大気の刃を生み出し、ガイアに向って放った。
「エージ!」
 リョーマの声に、エージは既に抜いていた剣を横に構えて、唱えていた呪文を解放する。
「炎烈斬!」
 剣から発した炎が、真っ直ぐにガイアに迫り、シルフィードが放った風の魔法によって、更に威力を上げた。

 弾けるような、破裂するような音が聞こえて、暗黒騎士ガイアの姿が消えた。


「……焦った〜〜〜スパイラ持って来てないんだって。これ以上強いの来たらヤバイんじゃない?」
「もう、遅いかも……」
「え?」

 リョーマは、直ぐそこに見え始めた闘戯場を見て、多少なりとも青ざめていた。
 闘戯場、上空に……飛来しているのは、薄いピンク色の身体を持った細身のドラゴン。

「ほ、ホーリー・ナイト・ドラゴン?」
 既に、逃げ惑う人の波で、闘戯場に向うことが難しい状態で、リョーマは克也の方を見返った。

「逃げた方が良いよ」
「なっ?」
「状況は判ったでしょ? もう、逃げた方が良いと思う。……今の、オレ達には、何も出来ない」
「で、でも……」

 リョーマの言い分は判る。
 彼だってスパイラを持っていれば、きっと何とかするために、闘戯場に向った筈なのだ。

 今の自分たちには何も出来ない。
 それは、判ってる……。
 だが……。





 一組の兄弟が必死に逃げている姿が目に止まった。
 転ぶ、妹を慌てて抱き起こす兄。

 そこに、辺り構わず攻撃していたモンスターの攻撃が、襲い掛かる。

 その刹那。
 克也は、自分の耳にあったピアスを引き千切っていた。

 本来なら、外れないようになっている筈の、それが、あっさりと外れて、リョーマが大きく目を見開く。


 ピアスを外した瞬間に、巻き起こったのは魔力の奔流。
 魔力が風と言う形を取って、克也の周りを逆巻き吹き上げた。



「ジョーイ!?」


 遅れていたユーギが声を上げた。
「ユーギ……ジョーイが、魔封じのピアスを外した!」
「え? 魔封じ?」
 リョーマの言葉に、ユーギは剣呑な目を向けた。
 確かに、感じる魔力の波動……。


 これは、彼が召喚された時に感じた波動と同じものである。


「リョーマ、エージ! あの子達を守って!!」

 ユーギの声に、リョーマとエージははっとしたように、駆け出した。
 克也が魔封じのピアスを外したのは、あの子達を守ろうとしたからだ。
 実際、モンスターは魔力に引かれて、克也の方に向いている。
 だが、この克也の魔力の威力を考えたら、次に来る衝撃に、兄妹が耐えられる筈がない。



「「光障壁」」

 二人で同じ防御魔法を発動し、兄妹の前後に立つことで二重防御を張る。


「……っ! ユーギ! これは……!?」


 空間転移で戻って来たユーリが愕然と声を上げる。

「サクノが言った通りだったんだよ! ジョーイは、魔封じを施されていたんだ!」
「……な、んだと?」
「それを自分で外したらしいんだ! どうしよう! 魔力を使い果すまで、止まらないかも知れない!!」


 ユーギの言葉にユーリは茫然と、魔力の竜巻の中にいる克也を見つめていた。



「……止めるんだ! 克也!!!」



 言うなり、ユーリは駆け出していた。


「光の護封剣!」

 光の剣が、克也の周りに降り注いだ。
 魔力の発動が、一時的に止まる。

「ブラックマジシャン! 召喚!! モンスターを倒せ!!」
 そうして、ブラックマジシャンを召喚して、上空にいるモンスターを倒すことを命じた。


「光の護封剣は一時凌ぎだよ。他に……何か……」
「……上から押さえつけては暴発するのを待つだけだな……」
「ユーリ……」
「魔法解除……ダメだな。発動した魔法じゃない……」
「魔法を打ち消す結界は?」
「………! 試してみるか」

 ユーリは、スパイラに手を翳して、魔法効果のある言葉を放つ。

 六紡星の結界が現れ、克也の立つ地面に広がり、魔力を吸収し始める。

「でも、結界がもたないかも知れないな」
「え? ユーリ?」
 言うなり、ユーリは、少しだけ弱まったその魔力の竜巻の中に、飛び込んだのである。



    


ひい〜;;;
4ヶ月近くお待たせした挙句、この引きは……(滝汗)

えとですね。実際に本日書いたのは、ラストの30行ほどですか? 
ピアスを引き千切るとこまで書いてたんですよ(汗) でも、どうしてもラストを纏められず、放りっ放しだった訳で(滝汗)
世界の中に入れないと書けないんで、菊リョ思考の強いときでは、本当に何一つ浮かばなかったんです(笑)←いや、笑い事じゃなく(滝汗)

しかし、桃ちゃん……中国人ですか!(^^;)
彼もここに出て来るはずだったんですよね。
まあ、次は……取り敢えず、城闇、桃菊リョで(←それはどうよ?;;)
第二王子は、お判りの方は、判りますね? ええ、今原作ではまさに試合中(笑)

悪役になれる人がほかにいなかった……(滝汗)
バクラとかね、考えたんですけど。
でも、ドラゴンは欲しがんないでしょ!ってことで、断念……(汗)

ともあれ、次は、もちっと早く書けたら良いなと思います。
ええ、もう! はう、天狼伝も書かないとな〜(あせあせ)