Prince of DARK
魂の契約-こころのちぎり-
Act.3 悲哀の蒼瞳<前編>


 一日の授業が終わって、城之内は大きく伸びをした。
 昼休みに、エージが知らせて来たことを考えると頭が痛くなる。

「――遊裏! 帰ろうぜ!」
 それでも、目の前にいる遊裏に視線を向けると、心が和んだ。
 そう、声をかけると、カバンに教科書を入れていた遊裏が、視線を向けて来て、ニコリと微笑んだ。
「今日のバイトの上がりは何時だっけ?」
「そうだなーま、状況にもよるけど、8時には上がれるぜ」
「オレも遊兄貴も大体同じくらいだ。じゃあ、先に帰った奴が、夕飯を作るってことで良いか?」
「ああ。OKだぜ! っても、お前ら示し合わせていつも遅く帰って来るじゃん?」
「何だ、ばれてたのか? もちろん、君の料理が美味しいからだぜ? 気を悪くしないでくれ」
 苦笑を浮かべて言う遊裏に、城之内も苦笑浮かべてしまう。





 敵わない……。



 初めて会った時からずっと……そう感じていた。

 【兄と一緒に暮らしたいと……だから、約束は守るから、魂は渡すからでも、時間が欲しい……】

 そう言った彼にとても好意を持った。
 コイツの傍に居られたら……。
 コイツの傍に居られたら、楽しいかも知れない。
 自分自身が……自分の中のどうしようもない気持ちが……救われるかも知れない……。

 そんな期待を持った……。

 自分を見つけてくれた彼の傍に居たいと……強く願ったのだ。
 他人の願いを何でも叶えることが出来るくせに、自分自身の願いではそうはいかない。
 ――6年後に、再会した時。
 かつて自分が、彼の願いを叶えた【悪魔】だと、告げずに、それでも彼が、そのことに気が付けば……。
 そうして、ほんの少しでも彼が自分を見てくれたら?
 心を分けてくれたら?
 そうすれば、自分は彼の傍に一生居られる。

 そうでないなら、消えてしまおう。
 そんな気持ちで契約をした。

 だが、そんなことはありえないことも判っていた。
 自分は、彼の魂を奪いに来たのだ。
 彼が、そんな自分に対して心を分けたりする訳がない。
 それでも――
 賭けてみたかった……。



 我ながら、自虐的だなと自嘲する。
 でも……自分はどこに居ても邪魔な存在だから……。

 知らず拳を握り締めていて、遊裏がキョトンと声をかけて来る。
「城之内くん? どうしたんだ?」
「……へ? あ、いや……」
 誤魔化しながら、城之内は、心の中で決意を込めた。
(オレの邪魔をするなら、たとえ、てめえでも容赦はしねえ)
 アイツは、きっと、一両日中に遊裏に接触して全てを告げるつもりの筈だ。
 そうして、遊裏を殺しその命を生贄に、城之内の契約を無に帰すつもりなのだ。


「武藤! 何か教師が呼んでるぜ! 職員室に来いってさ!」
 クラスメイトの声が、やたらに響いた。
「そうか? ありがとう」
 そう、遊裏が答えた瞬間。
 背筋に悪寒が走った。
「遊裏」
「何だ?」
「……お前、帰れ」
「え?」
「……お前はもう帰っちまっていなかったって言って来るから」
「え? でも……」
「良いから……行けよ!」
 城之内はそう言って、その伝言を伝えに来た生徒に、問い掛けた。
「担任?」
「ああ、そうだけど……」
「……あっそ。で、遊裏は帰ってたってことでよろしく」
 拒絶はさせない強い力を持って、城之内はクラスメイトにそう言った。
 まるで、その存在そのものに気圧されたように、男生徒は頷いた。

「城之内くん!」
「……頼むから帰ってくれ。遊裏。それに、バイト時間ねえんじゃねえ?」
「え? あ!」
 今日は早めに入って欲しいと頼まれていたことを思い出し、遊裏は動揺したように城之内を見上げた。
「だから、こっちは任せて早く行けよ」
「ああ。判った。済まない、今度何か奢る」
「気にすんなよ!」
 そう言って、城之内は駆け出した。

 一応、職員室に行って、遊裏が既に帰宅したことを告げると、担任は酷く面食らった様子で、呼び出した憶えはないと答えた。
 そして、自分の疑惑が疑惑ではないことを確認した。

 ――職員室を出ると、一瞬目の前が暗くなった。
 そして、その目の前に、既に見知った姿を見出し、城之内は薄く笑みを浮かべる。
 漆黒の髪に蒼い瞳の長身痩躯の青年。
 自分の母方の従兄にあたる存在……。
 現在の魔界皇帝の……甥である彼は、その秀麗な容貌に怪訝な表情を浮かべて言った。

「呼び出したのは、貴様ではなかったのだがな」
「……へっ! よう、一ヶ月ぶりだな、セト」
 城之内は、口許に笑みを浮かべつつ、だがその瞳には剣呑な光を浮かべて、青年と対峙した。
 


   ☆   ☆   ☆

「武藤くん。越前くん。二人ともご苦労様」
 担任の言葉に、遊戯とクラスメートの越前リョーマは軽く頷いて頭を下げた。
 遊戯は笑みを浮かべて、リョーマは少し仏頂面で。
 プリントを集めて職員室に持って行き、そのまま辞去しようとした遊戯は、ずっと職員室の奥――そちら側にも出入口がある――にいる城之内に気が付いた。
「……あの、中通って良いですか?」
「あら、構わないわよ?」
 苦笑で答える担任に、遊戯は頭を下げて職員室の中を城之内が居る方向に歩き出した。
「遊戯、知り合い?」
「うん。ボクの家に下宿してるんだ。遊裏と同じクラスなんだよ」
「ふーん……っと。オレ部活あるから」
「うん。また明日ね」
「ああ」
 リョーマはそう言って、入って来たドアから廊下へと出て行く。
 遊戯はそのまま歩調を緩めずに、職員室の中を物珍しく眺めながら、反対側の出入口へと向かった。

「城之……」
 声をかけようとした時には、城之内は外に出ていた。
 少し小走りに、職員室のドアに取り付き、開けて廊下に出た瞬間。
 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 足元が崩れて行くような感覚と、浮き上がるような感覚に、眩暈が起こる。
 ふっと。
 視界が開けた先に、城之内と見知らぬ青年の姿を見出して、遊戯は目を瞠った。
「……? 何、これ……」
 二人が話すことの内容の意味が、遊戯には全く判らない。
 何より、青年はどう見ても高校生には見えない。
 どことなく、風格があり貫禄もあるように見えた。
「……ともかく。ここで無駄な議論をするつもりはない。貴様がさっさとあのガキの魂を奪ってしまえば、ことは済む。違うか?」
「…………」
(……魂……? 奪う?)

 何かが遊戯の中で、閃いた。
 6年前……遊裏が不思議な本を見つけて、願いごとをかけた。
 その後、離れ離れになる筈だった自分たちは、祖父の元で暮らすことで、一緒にいることが出来るようになったのだ。

 それは、ただの偶然だったかも知れない。
 あの遊裏の行為で願いが叶った訳じゃないのかも知れない。
 遊裏も最初の内は、その時出会った金髪の青年が、願いを叶えてくれたんだと言っていた。
 でも、次第にそのことは口にしなくなり、二人ともごく自然に、記憶の片隅に沈めて行ったのである。

 その出来事が鮮明に蘇る。

 あの時、確かに遊裏の描いた魔法陣は光を放った。
 一瞬、遊裏はあの場所から姿を消し、遊戯はとてつもない不安を感じたのだ。
 一人、取り残されたような……恐怖感。
 ほんの数分のことだったけど……。
 それでも、あれは……現実に起こったことだった。

「……あんたには関係ねえだろう? ほっとけよ」
「放っとけるならそうする……。だが、貴様がいつまで経っても行動に移さないのであれば、こちらでもそれ相応の対処をせねばならん」
「何で? ………オレが居ようが居まいが、関係ねえだろう? いや、むしろ……居ない方がスッキリして良いんじゃねえのか?」
「……ジョーイ」
「……魔界で生まれる筈のない、金髪……。それに、紅みを帯びた茶色の瞳……。最初っから、異端だったオレを、人間界に放り出したのは他でもない、現魔界皇帝の……オレの母親って奴だろう? それを、もう一人の息子が不慮の事故で死んだからって、いきなりオレを呼び戻し、さらには……」
 不意に城之内は言葉を止めた。
「ともかく、あんたに口を挟んで欲しくねえ」
「……貴様が手間取ると言うなら、このオレが手を下しても構わん」
「そう言う意味じゃねえ!」
「どちらにしろ、【武藤遊裏】の魂を奪うのなら、同じことであろうが……?」

(え?!)
 見知らぬ青年の言葉に、遊戯は、耳を疑った。
 今、彼は何と言った?

【どちらにしろ、【武藤遊裏】の魂を奪うのなら、同じことであろうが……?】



 心臓が……。
 大きく激しく脈打った。
 どんどん、まるで耳に直接響くように音が、動悸が大きくなる。
 頭に……鈍い痛みが走った。

「お前が手を拱いているなら、俺があのガキの魂を奪う……それさえも出来ぬと言うのであれば、あのガキに全てを話し、その命を貰う……」
「……セト」
「真実を教えただけでは、貴様が消えてしまうからな」
「……っ!」
「人間の命を生贄に全てを相殺する……それで終わりだ」
「……セト!」
「……」
「それだけは……させねえ。アイツの魂は……オレが貰う!

 何かが。

 ――音を立てて崩れて行くような気がした……。




 遊戯の中で……。
 それは、暗い陰を落としたのである。






 ☆   ☆   ☆


「遊兄貴!」
 バイトの後。
 待ち合わせをして帰る。
 それが、ここ最近の日課だった。

 遊戯は、バイト先で失敗を繰り返し、普段の彼らしくない動きに心配されてしまい、早退許可を貰ってしまった。
 それから、ずっと遊裏がここに来るのを待っていたのだが、今日は思ってたよりも早かった。
「早かったね」
「遊兄貴こそ」
「……うん。ボクは……」
「これじゃ、オレ達が夕飯作ることになるかな? 残念だなー」
 苦笑を浮かべながら、遊裏は帰りに城之内とのやり取りを思い出し、そう言った。
「ねえ、遊裏……6年前のこと……憶えている?」
「……6年前?」
 キョトンと問い返されて、遊戯は言葉に詰まってしまった。
「あのさ、遊裏……」
「――あ、城之内くん!!」

 言いかけて、遊戯は言葉を止めた。
 遊裏が前方に帰途に着いている城之内を発見し、嬉しそうに駆け出して行く。
「……よう! 何だ、お前らも今帰りか? そんじゃ3人で夕飯作りだな」
「ああ、そうだな! な、遊兄貴」
「……え?」
「どうした? 遊戯」
 真っ直ぐに……。
 城之内の視線を感じて、遊戯は背筋に悪寒が走った。
 あの時。
 二人に気取られないように職員室に戻り、元来たドアから飛び出したのだ。
 反対側の廊下を教室に向かって走っていた。
 知られていないはずだ。
 自分が聞いていたなんて……。

 今、ここで……全ての真実を暴露してしまえば……。
 一体どうなるのだろうか……?

【真実を教えただけでは、貴様が消えてしまうからな】
 あの青年はそう言った。


 そうだ。
 真実を遊裏に告げれば、彼は……

 消え去る……!


 どす黒い感情が、心の中に巣食って行く。
 彼は、人間ではない。
 ここに、願いを叶えた代償として遊裏の魂を奪いに来たのだ。

 ただの人間の振りをして、自分たちに近付き、騙した……。
 同情の余地はない。
 言ってしまえば……。

「遊兄貴?」
「遊戯? 具合でも悪いんじゃねえ?」
「え? そうなのか?」
「風邪でも引いたんじゃねえか? 早く帰って暖かいもんでも食って寝た方が良いぞ!」
 何の反応も示さない遊戯に、遊裏も城之内も心配そうに声をかけて来る。
「遊戯?」
 静かな……優しい声。
 本当に……遊裏を……自分の大切な弟を……。


 殺しに来たと言うのだろうか?


「……ご、ごめん。ボク……忘れ物」
「え?」
「学校に……その……宿題のプリント……忘れて来た……」
 しどろもどろに遊戯はそう言って、遊裏の手を取った。
「ね、付いて来て」
「それは良いけど……」
「行って来いよ。飯は作っとく」
「すまない。今度の休み、何か奢るから楽しみにしててくれ」
「ああ、サンキュー」

 そう言って、武藤兄弟と、城之内は分かれて歩き出した。

「遊兄貴?」
 力強く、右手を握り締められて、遊裏はキョトンと問い掛ける。
「あ、ご、ごめん……」
「別に構わないけど……。でも、どうかしたのか?」
「……何で?」
「……何か、変だから」
 心の中で、言ってしまえば良いと思う気持ちと、言ったら、彼が消えてしまう……つまり、自分が【彼を殺す】ことになる事実が、せめぎ合って身動きが取れない。
 遊戯の心を、内心の恐怖を理解出来ていない遊裏は、今日あった出来事を楽しそうに話していた。
 その中に、頻繁に出て来る城之内のことが、今の遊戯には酷く癇に障った。
「城之内くんってバスケも旨いんだ。アメリカはバスケの本場だからかも知れないけど……。身長も結構あるのに、向こうじゃ小さい方だったって悔しそうに言ってたな。オレなんかどうしたって敵わないくらい背が高いのに。向こうの、オレ達と同じ年の奴らはもっと背が高いんだって」

 
――いい加減にしてよ。
 ――その城之内くんは、君の命を狙ってるんだよ?
 ――何も知らないで、何も知らないから……。


 イライラが最高潮に達し、爆発しそうになって遊戯は、学校の正門手前で立ち止まった。
「遊兄貴?」
「君は、知らないからっ!! 城之内くんは、君が思ってるような人じゃないんだよっ!」
「……え? 遊兄貴?」
 突然の遊戯の言葉に、遊裏はさらに目を瞠った。
「城之内くんは……っ!」
 言いかけた遊戯の背後で、何かが動いた。

 荒く聞こえて来る息遣い。
 生暖かな……吐息……。
 自分の、肩と首筋に落ちた水滴――
 目の前にいた遊裏が大きく目を見開いた。
 聞こえて来る、獣の唸り声に、遊戯はゆっくりと振り返った。
「……っ!」
 悲鳴を上げたつもりだった。
 だが、それは音にならず息を飲む音だけが漏れ聞こえただけだった。

「ゆ、遊兄貴……!」
 遊裏が、遊戯の腕を掴んで引き寄せた。
 と、ほぼ同時に、その獣は頭を動かして、遊戯の居た場所に突っ込んで地面に大きな穴を穿ったのである。

「……な、何、一体?」
「判らない……だが、逃げないと……っ!」
 現実に存在する、猛獣が目の前に現れても、十分に怖いものなのに、目の前にいるのは、ごく普通の猛獣とは言えなかった。

 頭が二つ。
 背中に翼のある猛獣など、この世には存在しない。

「逃げるって……どこに?」
「……学校……建物の中なら、隠れることも出来るんじゃ……?」
 少しずつ、後ずさりながら、互いにタイミングを計って、正門に向かって駆け出した。
 だが、正門は既に閉じられていて、門を乗り越えるにしても時間がかかってしまう。
「遊兄貴!」
「遊裏?」
 門に手を付いて、遊裏は遊戯に向かって自分を踏み台にして、校内に入るように促した。
「でも、それじゃ……」
「オレも直ぐに行くから……」

 助走をつけて、遊裏の背中に飛び乗り、そこから門の上に上がって、遊戯は遊裏に向かって手を伸ばした。
「遊裏! 手をっ!」
 その手を掴もうとした、瞬間。
 獣の殺気をその背中に感じて、遊裏は遊戯を突き飛ばし、そのまま、横飛びに飛んで、その攻撃を躱していた。
「遊裏!!」
「兄貴……逃げろっ!!」
 獣の攻撃は、門をひしゃげさせて、これでは、建物の中に入っても、ある意味無駄なのかも知れないと、遊裏はどこか冷静に考えていた。
 不意に、獣が遊戯の方に向かって動きを見せた。
「遊兄貴!」
 慌てて立ち上がって、駆け寄る遊裏の前で、獣は悠然と余裕の動作で遊戯に襲い掛かる。
「遊戯ーーーっ!!」
 遊裏の叫び声が、夜の静寂を、突き破るように響き渡った……。

<続く>



  

……やっぱり続いてしまいました……。
ってか、この話も城之内と遊裏……あんま絡みない?(滝汗)どうにも、主人公が、ただ逃げるしかないって言うのは書いてて返って大変ですね。
しかし……有翼幻獣キマイラを怖がるW遊戯って……果てしなく、ウソ臭い……(滝汗&笑)
君らの僕だ! と、思わず突っ込んでしまいましたが……、まあ、ここでは【M&W】なんてやってないですしね(−−;)と言うことで一つよろしく……;;
後編は直ぐに書いた方が良いかな〜しかし、どうにも【MP】から旨く切り替えが出来てないんで、やっぱ次も【MP】になりそうです。