Prince of DARK 魂の契約-こころのちぎり- Act.4 魂の契約 |
夢を見た。 遠く遠く……昔の夢。 両親が居て、祖父がいて、兄が居て。 楽しかったころもあったと……。 心のどこかで、この夢を傍観している自分が居ることにも気付いていた。 だけど、父が消え、母の姿見えなくなり、祖父の姿もなくなった。 真っ暗な中で、不意に現れた、母に手を引かれて歩いて行く兄の姿。 自分の手を引いているのは、父だった。 「遊兄貴!」 思わず声を上げていた。 遊戯が振り返り、悲しそうな目を向けて来る。 どうして? 一緒に居たいだけなのに……。 兄弟は、いつか、離れてしまうものだから……。 だから、その【いつか】の時まで、一緒に居られればそれで良かったのに……。 予測もしていなかった突然の別れ。 「イヤだ! 遊兄貴!!」 力の限りに叫んでいた。 自分の手を掴んでいる父の手を振り切って、遊裏はその場から駆け出していた。 その次の瞬間。 目の前に……黒くも見える羽根が舞い降りて来た。 「どうした? 少年」 「……っ!?」 「願いごとがあるなら、叶えてやろうか?」 慌てて振り返った……驚愕の動揺が、自身を襲った。 ――慌てて飛び起きた。全身から汗が吹き出るような感覚と、背筋を襲う悪寒に身震いする。 「今の……なんで……?」 独りごちた言葉に、遊裏はただ愕然となった。 最後に夢の中に出て来たのは……。翼を持ったあの人物は……。 「何で……【彼】が、城之内くんなんだ?」 更に小さく呟いて、だが、次の瞬間に遊裏は、ハッとして慌てて、ベッドを飛び下りていた。 「遊兄貴!!」 兄である遊戯の部屋を、激しく叩く。 あれから、どれくらいの時間が経っているのか、遊裏は全く判っていなかった。 あまりにも静かな周りの様子が、とてつもない、焦燥感を与える。 「遊裏……?」 眠そうな声で、欠伸をしながら、遊戯がドアを開けると同時に、遊裏は兄の身体を抱き締めていた。 「遊裏!?」 驚いたのは、遊戯の方で、一気に目が覚めて、弟の行動にうろたえた。 「良かった……無事だったんだ! 怪我は? どこか痛い所とかないか?」 「……は? 何言ってるの?」 捲くし立てるように言う遊裏に対して、遊戯は更に、困惑したような表情と口調で、問い掛けた。 「何って……今日、バイトの帰りに……忘れ物したって学校に戻ろうとして……」 そこで、得体の知れない……獣に襲われた。 そう言うと、遊戯はキョトンとした後、盛大に笑い出し、 「何言ってるの? 忘れ物なんか取りに行ってないよ? あのまま、城之内くんと三人で家に帰って来て……そしたら、君……ソファで眠っちゃってさ。部屋まで運んでくれたの城之内くんなんだよ? ちゃんと後でお礼言ってね」 これに、混乱したのは、遊裏の方である。 確かに忘れ物をしたから、学校まで付き合ってくれと言って、城之内と別れた。 城之内は家に、自分たちは学校に向かった筈だ。 そして――双頭の……翼を持った獣に襲われた……筈だ。 「……夢でも見たんじゃないの?」 「夢?」 遊戯の言葉に、遊裏は激しい疑問を感じてしまった。 ……さっき見た夢なら……覚えている。 自分の願いを叶えてくれた、あの青年が……出て来ていた。 何故か、城之内の姿で。 「……でも……」 どこか納得がいかない気持ちのまま、遊裏は言葉を切った。 自分の言ってることと、遊戯の言ってることで食い違っていても、遊裏は自分をごり押しすることはない。 だから、このときも自分の中で割り切れないものを感じながらも譲歩した。 きっと、城之内がこの場に居れば、遊戯と同じことを言うと感じたからでもある。 「そうだな。夜中に騒いですまなかった」 「……ううん。まだ、夜は長いよ。もう少し寝た方が良いと思う」 「ああ……」 遊戯の言葉に頷いて、遊裏は自室に向かった。 だが、中途半端に寝てしまったために、一向に眠気は訪れず、結局、机の椅子に腰掛けてパソコンを起動した。 パソコンのディスプレイを見るとはなしに見つめていると、風を感じて、訝しげに振り向いた。 閉まっていたはずの窓が開いて、風が吹き込む。 風に煽られる形になって、遊裏は思わず椅子を引いて、目の前に腕を掲げて庇った。 「……眠れないの?」 聞こえて来た声に、伏せていた目を上げる。 腕越しに見えるのは、一人の少年の姿だった。 栗色の髪と、柔和な表情を浮かべた、自分と同じ年頃の少年が、窓枠に腰掛けていた。 「誰だ……貴様……?」 「……本当はね、僕が来るはずじゃなかったんだよ。でも、セトは君の兄さんにほだされたみたいでねえ。エージはもとより、ジョーイ殿下の意に反することはするつもりないようだし」 右手を前に突き出すと、そこに長大な鎌が現れ、少年はそれを軽々と握り締めた。 「……一体、どう言うつもりだ? 貴様は何者だ?」 「君の魂を貰いに来た……ジョーイ殿下の代わりにね」 「……ジョーイ……? 何のことだ?」 少年はキョトンとした表情を浮かべて、首を傾げて呟いた。 「あれ? 何だ……憶えてないの? 結構薄情なんだね?」 「……は?」 問い返す遊裏に向かって、少年は鎌の刃先を向けて言った。 「6年前……君が契約した悪魔のことだよ」 「!!」 さっき見た夢が、フラッシュバックされて、遊裏は軽い目眩を覚えた。 右手の甲に、痛みを感じて視線を向ける。 浮かび上がる『六芒星』の紋様。 だが、それは既に何の抑制力もなかった。脳裏に浮かぶのは……。 金色の髪。 濃赤色の翼。 そして、紅茶色の瞳。 「そう……か。そう言うことか……」 前に一度だけ、城之内の瞳が紅茶色に見えたことがあった。目の錯覚だと思っていたが、あれだけが唯一の共通点だったのだ。 夢の中で、【彼】と城之内が重なった理由が今になって判る。 何のことはない。二人が同一人物だったというだけなのだから―― 遊裏は呟きながら、真っ直ぐに少年を見据えて、立ち上がった。 「それで、契約を遂行するときが来たって訳だ? だから、城之内くんは……彼はオレのところに現れたんだな?」 「そうだよ。でも、中々、手を出さない上に、そのことが君の兄さんにばれちゃってね。それで、君の兄さんがこう言い出したんだよ。『弟の代わりに、ボクの魂を持って行って』ってね」 「なに……?」 「健気だよね。麗しい兄弟愛って奴? で? 君はそれでいいのかな? このまま、君の身代わりで兄さんの魂が奪われてしまっても?」 「……そんなこと、良い訳がない!!」 強い口調で言って、遊裏は部屋を出ようと踵を返した。 「どこに行くのさ?」 「城之内くんに確認する。何で、オレじゃなくて、遊兄貴の魂を持って行くのか。……オレは別に……それを拒否するつもりはないんだ!」 言い捨ててドアに手をかけた。 だが、ドアは開かずに、愕然と遊裏は少年を見返る。 「……貴様?」 「それじゃダメなんだよ。君には、魂を持って行かれることを拒否して貰わないとね」 「何?」 「……本当に、このまま、死んでも良いのかい? これから先の人生を……未来を、ここで捨て去っても良いのかな?」 ドアノブを握り締めたまま、遊裏は暫し、黙り込んだ。 微動だにせず、ただ、少年に視線を向けたまま、深く沈思する。 「……約束は約束だ。オレは……オレの願いを叶えてくれたあの人に、感謝している。ずっとずっと……感謝していた。だから、彼が望むのなら……オレは……」 その目の前に、鎌の刃先が向けられた。 次の瞬間、振り抜かれた鎌が、風を起こして、遊裏の髪を靡かせる。 「それじゃ、ダメなんだよ。遊裏くん」 「……何が?」 「僕たちには酷く……都合が悪いってことだよ」 「……? 一体……何を?」 訝しげに問い掛ける遊裏に、少年は鎌を縦に構えた。 「だから、今ここで、僕が君の魂を奪うことにする。……そうすれば、ジョーイ殿下は戻って来るしかなくなるからね」 言っていることが矛盾している。それを指摘するよりも別のことが気になった。 「……? 戻る?」 「……何か言い残すことはないかい? 気が向けば、君の兄さんとジョーイ殿下に……伝えて上げるよ?」 遊裏の問いに答える訳もなく、少年は逆に問い掛けて来る。 全身に感じる威圧感に、遊裏は背中をドアに押し付けていた。 身体が硬直したように動かずに、ただ、目の前で鎌を持つ少年を、見つめることしか出来ない。 「……そうだな。『ありがとう』って伝えてくれると嬉しいが……。きっと無理だろう?」 精一杯の虚勢を張って、遊裏は口許に笑みを浮かべて言ってやった。 少年は、それまでの笑みを浮かべた表情を一変して、鎌を持つ手に力を込めて、振り上げる。 「本当に、詰まんないね。君って言う存在が……」 そうして、ゆっくりと鎌が振り下ろされた。 遊裏は、目を閉じることなく、振り下ろされる鎌に視線を向けていた。 その目の前に、何かが立ちはだかるように現れて、少年の鎌の動きを自身の身体で止めたことに目を瞠った。 目の前に……浮かぶ白い猫の身体。 「え、エージ!?」 遊裏の声に、少年が動揺するのが目に見えて判った。 鎌の周りが不思議な光を発していたせいか、間に入った猫の姿が見えていなかったらしい。 「エージ?」 『ユーリには、手出しさせない。カッちゃんが悲しむからね!』 遊裏には言葉の意味が伝わらなかったが、少年には判ったらしい。 眉を顰めて、鎌を引くと、呟くように言った。 「どうして、邪魔をするんだ? 君だって、殿下の契約を良くは思っていなかっただろう? こうすれば、契約は成立して、殿下は無事に帰って来られるのに……」 『カッちゃんが望んでないからだよ! カッちゃんは、ユーリの魂を望んでなんかいない! だから……オレには、今はこうすることしか出来ないんだ』 その時になって、遊裏の部屋のドアが激しくノックされた。 「遊裏!? エージ! そこに居るんだろう? 何があった?」 「……城之内くん? 鍵はかけてないんだが……なぜかドアが開かない」 「遊裏? ……なら、強引に開ける。ドアから離れてろ!」 城之内の言葉に、遊裏はドアと窓の対極になる机のある方に足を向けた。 床に蹲っていたエージを拾い上げることを忘れずに。 「エージ……ありがとう」 『……別に。あんたのためじゃないし』 答えても、遊裏には「にゃあ」と、普通に猫が鳴いているだけにしか聞こえない。 「全く、予定外もいいところだよ。エージ。君は、魔界に戻ればどうなるか……判ってるよね?」 「どうなるって……エージ?」 『……オレは、魔界に帰んないし。ずっとカッちゃんと一緒にいるから……』 少年が、苦笑を浮かべて首を振った。 「そんな我が侭通るものか。……強制的に魔界に連行される……。それ相応の処罰を与えるためにね」 「……処罰……? オレを庇ったことでか?」 「そうだよ。本当に、存在だけで罪作りだね……君は……」 言いながら、腕を伸ばして何かを呟いた瞬間、遊裏の腕の中にいたエージが、そのまま気を失った。 ぐったりするエージに、遊裏は慌てたように声をかけるが、一向に反応が見られない。 「大丈夫だよ。本当に気絶しただけだから。この鎌は魔界の者には、何の影響も与えないし……。邪魔だからね……。少し眠っていて貰おうと思ってね」 ニコリと笑んで、少年は鎌をその手から消し、ふわりと遊裏の前に舞い降りた。 「何……?」 「ジョーイ殿下は、君の兄さんの魂を持って、君の代わりに契約を成立させるつもりだ。君が、拒否をした訳でもないのに……。それを……君は、どう思ってるのかな?」 「……」 「そんな相手に、律儀に約束を守ってあげる必要があると思うのかい?」 「……」 その声は、なぜか心地良く耳に響いて聞こえ、遊裏は一瞬自分が何を考えているのか判らなくなっていた。慌てたように首を振っても、まるで、絶え間なく襲う睡魔のような、振り払っても振り払っても拭えない、何かに、翻弄されるような感覚を憶えていた。 だが―― 物凄い爆音が響き渡り、それまでの全てが吹き飛ぶような感覚に、遊裏はハッとしたように目を見開いた。 「遊裏!!」 刀身が光り輝く剣を持った城之内が、真っ直ぐに自分を見つめて、呼んで来る。 ただ、それだけで、全てのことが、理解出来たような気がした。 「……城之内くん!」 「シュースケ! 今度はてめえか!?」 「……あーあ。本当に……殿下のオーラは全てを凌駕してしまうね。君が来る前に、彼を洗脳しようと思ったのに、全て吹き飛んでしまった」 心底残念そうに呟く少年――シュースケに城之内は、光の剣を突きつける。 「セトも貴様も……余計な横槍ばっかり入れやがって。鬱陶しいんだよ!!」 「まあ、僕は君には嫌われてる……だろうけどね」 呟き、遊裏から離れると、入って来た窓に戻って、こちらを向いたまま、外に身を乗り出した。 「全く、君の考えていることが、僕には全く判らないよ。殿下……」 「誰が判ってくれって頼んだ? 別に、一生判んなくて構わねえんだよ!!」 最後に苦笑を残して、シュースケは消え去った。 大きく息をつきながら、城之内は剣を消して、遊裏を振り返る。 「……すまねえ。遊裏……」 「何を……謝ってるんだ?」 「……だから、その……」 「オレの魂の変わりに、遊兄貴の魂を持って行くことをか?」 遊裏の問いに、城之内はギョッとしたように目を見開いた。 「遊裏?」 「オレは、君に契約の代償を支払わないとは言ってないつもりだ。なのに……何故、オレに黙ったまま、そんなことを決めてしまうんだ?」 「……ちょ、ちょっと待て。お前……覚えてんのか?」 「は? ……契約のことなら……当然、オレは忘れたことなんかないが?」 「……で、でも……全然、気付いてなかっただろうが?」 「君と彼が同一人物ってことなら、気付く訳がない。オレは、彼の顔を覚えていなかったからな」 「……はあ?」 「声ももう少し、落ち着いてて低かったと思ったが……」 目の前で、城之内が本気で驚いている様子に、遊裏は逆に居た堪れない気持ちになって、みじろいだ。 そうして、腕の中のエージに気がつき、慌てたように城之内に向かって言ったのである。 「そうだ! エージが、オレを助けてくれたんだ。さっきの奴が……オレの魂を奪おうとした瞬間に……」 「……ああ、そうだろうな。オレはエージの波動で気がついた。巧妙にシュースケはその気配を断ってたからな」 城之内はそう言って、差し出されたエージの身体を抱き上げて、軽く頭を撫でた。 「大丈夫だな。ちょっと強めの魔法で気絶しただけだ。こっちの世界で、猫の姿でいるエージは通常よりも魔力が下がってる……。だから、抵抗出来なかったんだ……」 「そうなんだ……良かった……」 ホッとしたように言う遊裏に、城之内は改めて、居住まいを正すように、向き直った。 「えーっとつまり……。顔は覚えてなかったけど、契約自体は憶えていた……そう言うことなのか?」 城之内の問いかけに、遊裏は気まずげに首を傾げて頷いた。 「多分……それじゃ、ダメなのか?」 「……いや……それが、正しいんだろうな……。基本的に6年前のオレより、今のオレは年齢が低いからな」 「そうなんだ?」 「これでも人間年齢で言えば……20歳を越えてる。ただ、魔界では一定年齢に達するとそれ以上、外見は老けないように出来るからな」 「……人間年齢?」 何だか、変な言い回しに感じて、問い返すと、城之内は曖昧に笑って誤魔化した。 「……ただなぁ。遊戯の魂をって言い出したのは、オレじゃねえんだ」 「え?」 「遊戯自身が……契約しちまったことになるのかな。オレの……従兄弟なんだけどよ……。セトって奴と……お前の魂を見逃す代わりに、遊戯の魂を連れて行くって……」 「な?」 「セトも、オレと遊裏の契約を破棄させるために来てたんだけど。先に、遊戯に存在がバレちまって、遊戯にちょっかいかけちまったんだよな。それで……二人で話をして、そう言うことに……なっちまったようなんだが……」 実際には、自分がその場にいた訳じゃないので、真実のことは判らない、と城之内は申し訳なさそうに言った。 「じゃあ、オレが……オレの魂を持って行けば、遊戯は連れていかれなくて済むんだろう?」 「……そりゃ、そうだけど……」 しどろもどろな城之内に、遊裏は逆に訝しげに、口を開いた。 「城之内くん? 疑問なんだが……聞いても良いか?」 「……な、何だよ?」 「君と出会って、もう直ぐ二ヶ月になる。……再会してって言った方が良いのかな? どっちにしても、こんな長い期間、どうして何もしなかったんだ?」 「……」 答えられない城之内に、遊裏は肩を竦めて、大きく息をついた。 「……ともかく。オレは契約の行使を拒否したりしない。それだけは確実だ……」 遊裏がそう言った瞬間。 右手の甲の『六芒星』の紋様が、光を放って輝いた。 「なっ?」 「……っ!」 ハッとする城之内と、その光に驚く遊裏の目の前で、六芒星の紋様が、空間に浮かび上がる。 「何……?」 「契約の行使……遊裏が認めたから……それが、為される……」 「そうか」 遊裏は、呟き城之内を見上げた。 自分を見下ろして来るその瞳が、悲しげに揺れていることに気がついて、遊裏は首を傾げた。 「どうして、そんな目でオレを見るんだ? 城之内くん」 「……もう少し……お前と一緒に居たかった……。いや、ずっと……お前が本来の寿命を全うするまで……お前と一緒に……居たかった」 城之内の言葉に、遊裏は正直驚きを持って目を瞠った。 その言葉の意味を噛み締めて、苦笑を浮かべる。 「そんなに長い時間……一緒に居ても、飽きるだけじゃないか?」 「……生憎、オレにはそんな長い時間じゃないんだよ」 「ああ、そうか……。そうだな」 彼が魔界と言う異世界に住む存在で、自分には想像もつかない特殊な存在であるのなら、時間の感じ方も、随分違うのだろうと思える。 「君と居るのは楽しそうだから、オレも一緒に居たかったと思ってるよ」 自分の魂が、この身体から離れる前に、言うべきことを言って置きたかった。 「……城之内くん」 「……何だ?」 「願いを叶えてくれて、ありがとう。君に会えて、こうして友達になれて嬉しかった」 「遊裏?」 「ありがとう……」 六芒星の光が、遊裏自身を包み込む。 「遊裏!!」 城之内が、遊裏の腕を掴もうとした瞬間、見えない何かに弾かれてしまった。 「遊裏!! オレは……オレは、お前の魂なんか……欲しくねえんだよ!!」 城之内の叫びは、確かに遊裏の耳に届いていた。 大きく目を見開いて、城之内を見つめる。 だが、その視界が、眩しい光に遮られて、ちゃんと見ることが出来なかった。 「城之内くん……?」 魂はいらないって……じゃあ、一体何のために、会いに来たんだ? そう言えばと、遊裏は先ほど自分の魂を奪おうとした少年の言った言葉を思い出した。 『それじゃ、ダメなんだよ。僕たちに取っては、都合が悪いと言うことさ』 自分が約束を守ると、契約を行使することを、拒否する気はないと言った言葉に対して返されたものだ。 光の奔流の中で、思考する力が、次第に薄れて行く。 自分が消える……その事実が、遊裏の頭を掠めた。 それが、遊戯や杏子……離婚して一緒に暮らしていないとは言え、両親や、今は旅に出ている祖父まで悲しませることになる。 それは、十分に判っていた。 (だけど……約束したのは……オレだから……) 再度、そこに立ち戻る。 あの時願いを叶えたいと思ったのは自分であり、叶えて貰おうと彼に縋ったのも自分だ。 全ての責任は自分にある―― (だから……城之内くんが、望むことなら……オレは……構わなかったんだ) なのに、肝心の城之内は望んでいないと言う。 「城之内くん……君の望みは……一体何なんだ? オレは、君の望みでオレに叶えられるものなら、叶えたいと思う……」 知らず呟きは声となって響いていた。 その瞬間。 六芒星の光は収束を見せ始め、淡く細くなって行く。 「遊裏!?」 「……城之内……くん?」 ガックリと膝をついた遊裏の身体を、城之内が慌てたように支えた。 「どう……なってんだ?」 「……? それは、オレが聞きたいな……」 「……契約の証……消えてるな」 「え?」 遊裏は右手を上げて、その甲を見て首を傾げた。 「どう言うことだ?」 「……は……はは……」 城之内が、微かに笑いを浮かべて、小さく声が漏れる。 「城之内くん?」 「……最後まで、お前がオレを拒絶しなかった……。全てを思い出した上で、オレを拒絶しなかったら……もしかしたら、オレはお前と……ずっと一緒に居られるのかも知れないと……」 思ってたんだがな……。 城之内の声が掠れた。 「城之内くん?」 「……契約が成就したってことで、オレは魔界に帰ることになるだけなんだ……」 「……城之内くん!」 薄れて行く城之内の姿に、遊裏は慌てて腕を伸ばした。 だが、その姿は捕らえることが出来ずに、城之内の身体を突き抜けた。 「でも……お前と遊戯がこれからも一緒に暮らして行けるんだから、良かったよ。……お前の魂も遊戯の魂も取らずに、行けるんだから……」 「城之内くん!!」 「じゃあな、遊裏。遊戯によろしくな……」 その一言は、城之内の姿が消えてから聞こえた。 まるで、余韻のように、響いて消えた。 辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻し、遊裏はただ、その場に膝をつくことしか出来なかったのである。 ☆ ☆ 「ふん。少しは楽しめると思ったんだがな……」 「なんか、良からぬことを企んでない? セト様」 「……シュースケか。貴様も生ぬるい手出ししか出来ぬのなら、何もしなければ良かったものを……」 「よっぽど、遊戯くんを連れて行きたかったんだね?」 「……煩い」 シュースケは苦笑を浮かべて、その背に翼を広げた。 「図星差された証拠だね。まあ、僕は僕の役目は果したし、結果的に殿下は魔界に戻ることになったようだし……」 「何を言ってる?」 「……何って?」 セトは腕を組んだまま、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、シュースケを見つめた。 「契約履行で、一時魔界に戻ったに過ぎぬわ」 「……え? それって……」 シュースケは愕然と目を見開いて、セトに視線を返し、その意味を理解して、呟いた。 「あいたー……そう言うこと?」 「ああ、そう言うことだ」 要するに、本来の契約は履行されて、次の契約を実現させるために、一時的に魔界に戻った……そう言うことである。 元々、6年前の契約の行使のために人間界に来ていた訳だから、その次の『遊裏と一緒に居る』ことを履行するためには、一度、魔界に戻っての手続きが必要な訳である。 「今頃、喜び捲くってるだろうな」 「あーあ……陛下も……結局、彼を意のままに出来ないって訳だね」 「まあ、伯母上も……昔の悪行の手前これ以上、ジョーイに要求は出来まい。所詮、人間の命など……100年前後……。そのくらいの間、魔界を治めることくらい、あの方には造作ないことだろう」 「……だよね。でも、そうするとエージもこっちに来たがるだろうな……。そうなると退屈なんだよね」 「……退屈凌ぎに遊ばれる浮かれ猫にも同情を覚えるがな」 セトはそう言って、やはりシュースケと同じ漆黒の翼を広げた。 「さて、どう言う理由で、こちらに来ることにするかな」 小さく呟いたセトの言葉に、シュースケが呆れた素振りを見せたものの、それについて言及することはなく、二人は空の彼方へと消え去った。 |