#2  忠告

「けっ! やっぱなー見たことあると思ったんだ」
「まさか、ウチの生徒会の人間だったとはな。やべえんじゃねえ?」
「直接、あっちに手を出しゃヤバイかもな。でも、後から来たチビは関係ねえだろう?」
「なるほど。まあ、邪魔したのも借りがあんのも、あのチビだしな」

 昇降口に向かう正門からの道を歩くリョーマを、屋上から双眼鏡で見ながら、昨日の不良の一人が言う。

「訳の判んねえ方法で俺等をビビらせたと思ったら大間違いだぜ」

 毒つき下卑た笑いを浮かべて、手筈を整えるために、仲間たちに目配せをすると、その場から離れて校舎内へと向かって歩き出した。







「どしたの? おチビちゃん?」
 下駄箱の前で立ち尽くすリョーマに、英二がキョトンとしたように問い掛けた。
「何? これ?」
 下駄箱に入っている封筒を取り出して、英二を見上げて来るリョーマに、英二は一瞬呆けた後。
 クスクスと笑い出した。
「ラブレターじゃないの?」
「……でも」

 リョーマが指し示した宛名書きには「果たし状」とか書かれている。

「時代錯誤な!」
 今にも笑い出したいのを堪えつつ英二が言い、リョーマはどうしたものかと思案している。
「とりあえず、中見てみたら?」
「……うーーん」
 英二の言葉に従って、渋々封を開けて中の手紙を取り出した。

「おチビ?」
 手紙に目を走らせるリョーマの表情が剣呑になりつつあり、英二が心配そうに問い掛けた。
「……何でもない。悪戯だよ」
 そう言って、そのままリョーマはその手紙を握り潰す。
「……でも」
「心配しないで、エージ」
「……う、ん」

 まだ、心配げな英二に笑って見せて、リョーマはそのまま上履きに履き替えて、歩き出した。
「じゃあね、エージ」
「ん。また後でね」

 そう言って、互いの教室に向かうために分かれる。

 リョーマは振り返らずに自分の教室に向かって歩いて行く。
 それは英二は黙って見送るのは、もはや習慣だった。



「でも……あの手紙」

 【果たし状】なんて時代錯誤な呼び出し状。
「心配だなー……」
 大丈夫と笑ったあの子の笑顔がどこか、決意を持ったそれに見えて、心が騒ぐ。



 だが――
 今現在、英二に出来ることは何もなかったのである。






     ☆   ☆   ☆



「俺を呼び出したの、あんたらだったの?」
 リョーマは拍子抜けしたように言って、屋上に下り立った。
「……本当に一人で来るとは馬鹿正直な奴だな」
「……エージを巻き込んだら、エージの将来が台無しになる。そう、書いたのあんたじゃないの?」

 昨日の不良たちを前にして、リョーマは冷静な態度のまま、呆れた口調でそう言った。
「マジに信じてんのかよ? バッカじゃねえ? アイツは生徒会の一員なんだ。いざとなったら、校内の揉め事くらいもみ消す力はあるはずだぜ?」
「そんなことも知らないのかよ?」
 リョーマを馬鹿にするように、笑い始める不良たちを前にして、リョーマはゆっくり拳を握り締めた。

「まあ、良いや。これでアイツとお前が何の関係もねえことが判ったからな」
「……何?」
「だって、そんなことも知らないお前が、アイツと何らかの拘わりがある訳ないだろう?」
「……」

 そう言えば。
 昨日、英二は自分を【おチビちゃん】としか呼んでいない。
 それは、本来ならごくごくありふれたもの。

 ろくに知らない相手にでも言えてしまう呼び方だ。

「そうかもね」
「だから、てめえに復讐すんだよ!」
「じゃあ、始めれば?」


 リョーマはそう言って。
 自分で背後にある校舎に入るためのドアを――閉めていた。






 不二は、自分が居る場所の下方から聞こえて来る声に、かすかに目を開けた。
 いつの間にか眠っていたらしく、その現状に些か目を丸くする。


「参ったな……何だってこんな……」

 入り口の屋根にある給水塔の傍で寛いでいたのに、無粋な邪魔が入ったもんだと、嘆息する。

「あれ?」
 多勢に無勢に呆れながらも、囲まれてるのが越前リョーマだと気付き舌打ちを漏らした。
 もしかしたら、英二が来るかも知れない。
 そうしたら……さすがに英二でも、この人数の中、あの子を守りながら戦うのは不利だ。


 だが、様子が可笑しい。
 囲まれて居るのは小柄な一年生。
 平均的高一の基準からは格段に低い身長。

 そのたった一人を相手に、不良たちは攻撃しあぐねているのだ。

「どうしたの? やるの、やらないの?」
 挑発するようにリョーマが問い掛ける。
「やらないなら、俺帰るけど?」
「ま、待て! くそ! ビビッてんじゃねえ! 全員でやっちまえ!」

 十数人は居るだろう仲間にそう命じる不良に、不二は失笑を浮かべた。

「あんな子供相手に……全員でかかるなんてどうかしてる」
 危険な……それはあくまでも英二に対してであって、英二が何らかの危険に巻き込まれる……。
 そんな気がしたからの忠告だった。

 今は……。

 そんなものは……。





「!?」


 ハッとした。

 全員が、一斉にリョーマに襲い掛かった瞬間。





 風がリョーマの周りを吹き上げた。





 まるでリョーマを中心に纏わり着くように吹いて、そうして、上に向かって吹き上げたのである。




「何?」
「攻撃はしないよ。でも、あんたらの攻撃も俺には届かない」
「この……化けモンが!」
「……そうかもね」


 リョーマはそう言って、風の障壁を強くする。

「攻撃はしないけど。そっちから仕掛けてくれば怪我をする。したくないなら、逃げることだよ?」



 どこまでも冷静に。
 沈着に言う。


 触れただけで弾き飛ばされ、怪我を負う。
 そんなものに、立ち向かう者など居なかった。
 一人二人と逃げ出し。
 そうして、ボス各の不良も逃げ出した。






 復讐どころの話ではない。
 そんなものはどうでも良かった。

 今は、逃げるしかないと。





 誰も居なくなって、不二は初めて立ち上がった。


「越前くん?」
「……!」
 風が止み、リョーマが姿を見せる。


「不二……先輩?」
「へえ、僕のこと覚えてたんだね」
「エージの親友だって言うから……」
「……へえ」

 何かが、心の中に引っ掛かった。
(何だろう?)
 だが、その疑問をそのままに、不二はリョーマを見つめて、確信する。
(ダメだ。この子を英二の傍になんて……。英二が危険過ぎる)




「ねえ、君に頼みがあるんだけど……?」
「……――聞く義理ないっすけど?」
「……英二のためになることだよ?」
「……何?」

(……この子は……?)

 何かを。
 また、感じた。


 ごくかすかに。
 心の。神経の何かに、触る……程度の。



 それでも不二は、自分の思うことを口に乗せて言う。

「君に、英二の傍に居て欲しくない。僕の、率直な意見としてね」
「……」
「英二に……危険が降りかからない保証はないだろう?」
「エージが望んでるの?」
「……?」
「エージが望んでるなら、俺はいつでも離れますよ。でも、そうじゃないなら、離れない」
「越前!」
「エージは俺が守りますから……不二先輩は、余計な口出ししないで下さい」

 不敵な笑みを浮かべてリョーマはドアを開けた。



 静かに。
 ドアの閉まる音が聞こえる。



「一度、痛い目を見ないと判らないみたいだね? 越前」









     ☆  ☆  ☆


「あ、おチビちゃん! どこ行ってたの!?」
「何やってんの、エージ?」
「むぅ〜冷たいな〜あの手紙、気になってさ。詳しいこと聞こうと思ってさあ」
「……もう、済んだ」
「は?」

 きょとんとする英二に、軽く笑って、自分の教室に入りながら、
「もう、済んだから……気にしないで良いよ?」
「そ、なの?」
「そ。安心して教室に戻って大丈夫」
「あああ、良かったぁああ。もし、何かあったらどうしようかと思った! んじゃ、俺教室戻るね。あ、一緒にお昼食べない?」
「……今日は、図書委員の当番だから、止めとく」
「あ、そか。んじゃね」



 英二は納得したように手を振って、駆け出して行く。
 それを見送って、リョーマは唇を噛み締め、拳を握り締めた。

「あ……」
 そこで、一連のことを不二に見られていたことを思い出した。
「バレるじゃん」




 あちゃーと頭に手をやり、次に会った時にどう言い訳しようかと、頭を捻りながらリョーマは自分の席に着いたのだった。













    ☆   ☆   ☆



「英二」
 帰り支度をしていた英二に、不二が声をかけた。
「何?」
「ちょっと良いかな?」
「ん?」
「ここじゃ、あれだから……。付き合って欲しいんだけど」
「何? ココじゃダメな話って?」
「君の……義弟のこと」
「へ?」
「ね。ここじゃ、ヤバイでしょ?」


 内心。
 かなり焦っていた。
 リョーマの…こと。
 リョーマの……能力のこと?


 もしかして、不二にバレたの?



 誤魔化すことは、自分には出来ない。
 不二を騙しきるなんて芸当は……。
 だからって逃げる訳にも行かない。
 
 ことは、大事なリョーマのこと……。







「判った」
「ありがと」


 そう言って、不二は笑った。