#3  呼び出し


「もしもし」
【あ、えと……越前リョーマくんですか?】
「そうだけど。誰?」
【菊丸……英二くんがね、あなたに今すぐ学校に来て欲しいって電話してくれって……。本人、もう、学校に向かっちゃったみたいで。じゃあ、伝えたからね?】


 直ぐに通話は切れた。
 不意に掛かってきたその電話の内容は……。
 よくよく考えれば、かなり変である。
 だが、リョーマには
【英二が呼んでいる】ことが重要だった。


「学校?」
 呟いて、リョーマは壁に掛かっている時計を見上げる。
 八時に、二十分ほどの時間。





 リョーマは長袖Tシャツにハーフパンツのまま、サンダルを履いて自転車に跨った。













    ☆   ☆   ☆



「エージ?」

 誰も居ない真っ暗な学校の校庭に入って、リョーマは周りをキョロキョロと見回した。




 ふと。

 居ないと思った人の気配を感じ。
 慌てて振り向くと。
 そのまま、背後に飛びすさった。








 暗闇の中。
 銀色に光る……それは。

 一本の太刀。



「誰だ?」


 言った瞬間。
 校舎中の電気がついた。
 そのせいで、グラウンドも灯りの元に照らし出される。





 知らない男が5人。
 それぞれ、手に武器を持って立っていた。



「……な、何だよ? あんたら……!?」
「ちょっと頼まれたんだよ」
「あんたを痛い目に遭わせろってな」

 そう言って、さらに振り下ろされる刀に、リョーマは手を前に翳した。



 その瞬間。
 風が巻き起こる。




 呪文も要らない。




 集中力も要らない。







 ただ、願うだけ。


 
風……。





 心の中で思うだけ……。
 それだけでイメージする風が吹く。






 今は、リョーマを守る障壁の如くに、渦巻く風が――





「何だ? コイツ!?」
「風が……?」

 さすがに不用意に突っ込んで来る者はいない。
 これでは、こっちが疲れて動けなくなったら、一発で終わりだ。

(ごめん……エージ。自分の身を守るために攻撃しても……良いかな?)




 約束を破ることになる。
 嫌だけど。
 辛いけど。

 でも……。





 
敵は倒す!!






 
自分が生き続けるために。






 守る障壁の風をそのままに、リョーマは次の風を起こし、男たちに向かって放った。

「リョーマ!!!」


 聞こえたのは、大好きな人の声。
 止める間もなく、それはその人にも襲い掛かった。


「うわああああっ!!」
「うぁっ!」


 響く悲鳴に混じって、唸るように上げられた英二の声。



「あ……あ、あ……」








 初めて。
 感情が動いた。




 風が波打ちバラバラな動きを始めるのが見えた。

「……っ!」
 ハッとした英二は、二の腕から血を流しながらも、リョーマの方に駆け寄った。

「リョーマ!!」
「あ、ご、
……だって……あああああああっ!!!!」
「リョーマ!!! 俺は、ここにいる!! 無事だから!!!」


 リョーマの耳元で。
 その肩をしっかり掴んで、ハッキリと言う。

「え、エージ?」
「ああ、俺は大丈夫だから!」
「でも……エージに怪我……」
「こんなの怪我のうちに入らないよ。それより風が暴走しかけてる。しっかりして!!」
「……っ!」
「――今、リョーマが攻撃したのは、当然だよ。相手は武器持ってるんだから。身を守る……正当防衛だろ?」
「……エージ」
 ニッコリ笑って英二が言い、リョーマもホッとしたように笑った。
「でも、逃げた方が良いかもね」
「う、うん」

 そうして、リョーマは暴走を始めかけてた風を制御して、突風に変えると、そのまま英二と共に駆け出した。








「あ……」
「え?」
「あれ、さっきの奴らの仲間じゃない?」

 向かった正門のリョーマの自転車を止めた辺りに、男が数人たむろしている。

「どうしよ? エージ」
「電話。警察に電話しよう!」
「え? でも……」
「大丈夫。リョーマが被害者なんて判んないようにするから!」

 そう言って、英二は校舎の方に向かって駆け出そうとした。
「待って」
「え?」
 リョーマは自分のポケットからハンカチを取り出して、軽く半分に裂け目を入れて、英二の二の腕に巻きつける。
「痛い? よね」
「……気にしないの」
 英二は笑みを浮かべたままそう言って、リョーマの頭を優しく撫でた。








 二人して校舎の端にある事務室の前の公衆電話に向かい、そうして愕然となる。

「電話、通じてない?」
「あ、エージ。電話線、切れてる」
「なああ?」

 ――瞬間。
 外に面した窓ガラスが割れた。

「危ない!」
 リョーマを抱き込み、そのままダイビングして、床に倒れ込む。
 リョーマが床にぶつからないように。
 自分の腕の中にしっかりと抱き込んで。



 続け様に割られる窓に、さすがに身動きが取れない。



「エージ!」
 英二の腕の中で、堪らずリョーマが声を上げた。
「大丈夫。……ったく、明るいのは良いけど……。これじゃ、こっちはどこに居ても丸見えじゃん!」
「……そか。外の方が暗いから」
「そゆこと!」
「――じゃあ、屋上は? 屋上まではこの明かりは届かないんじゃ?」
「……そーれは、一理あるかもね」


 英二は飛び起きて、リョーマの腕を引き駆け出す。










 何とか屋上に向かって駆け上がり、その手前でリョーマが足を縺れさせて倒れそうになった。
「リョーマ!」
「……ごめ……俺のせいで……エージ、巻き込んだ……」
「何言ってんの! 俺が自分で来たんじゃん! それに……リョーマ守りたいって思ったの……俺だから……」

 階下から追っ手の声が聞こえて来る。
 英二は舌打ちを漏らして、ドアを開けてリョーマを先に屋上へと押し出し、自分も飛び出した。